朝の何時もの朝食前の風景。
 イルファが主に調理を担当し、シルファが配膳を担当する。
 最初の頃は瑠璃も一緒に準備をしていたのだが彼女たちの事を認めてくれてからは朝食
「だけ」は手を出さないでいた。
 瑠璃曰く
「あ、朝は眠たいし、さんちゃん起こすので手一杯やから許してるだけや! うちからこ
の家の家事を奪う事はうちが許さん!!」
 と言う事らしい。
 そんな訳で朝食の準備をほぼ終えたイルファがシルファを呼ぶ。
「シルファ。そろそろ時間だから貴明さんを起こしてきてくれる?」
 イルファのお願いにシルファが一瞬ピクンと反応する。
 その反応も何時もの事で、返す言葉も何時もの言葉だった。
「はい。しょうらないのれご主人様を起こしてきます」
 表情も特に変えずスタスタと歩いていくシルファ。客観的に見たら普通の反応のように
も見えるがイルファにはシルファの心情もお見通しのようである。
「シルファももう少し貴明さんに素直になれれば良いのに……ねぇ」
 と、楽しそうに料理を皿に盛り付けながら呟くイルファは明らかに今の状況を楽しんで
いる様である。

 コンコン

 丁寧に二回のノックの後、音が鳴らないようにゆっくりとドアノブを回してドアを開け
る。
 今から起こすのだから気にしなくても良いような配慮なのだがそこもまたメイドロボの
性能のよさというべきなのだろうか。
「ご主人様〜。起きてくらさ〜い。朝れすよ〜」
 起こそうとしているのか分からない口調と語気でカーテンの隙間から入る日の光でうっ
すらと明るい部屋でぐっすりと眠っている貴明へと近づいていく途中でシルファの顔に諦
めと呆れの混じった表情に変わる。
「何れ何時もこっちれ寝てるんれすか……。朝のお仕事もしないれ…・・・。ミルファ姉さ
んもさっさと起きてくらさい」
 シルファの少し強まった語気に反応したのか、ミルファはあっさりと起き上がった。
 そして起き上がったミルファの格好にシルファの感情は完全に怒へと変化した。
「なっ! 何れそんな格好れ寝れるんれすか!!!」
「え〜? だって日付が変わった時に一番最初にチョコレート渡してそのまま……えへぇ〜♪」
 起きて早々の惚気トークに表情だけで怒っていたシルファも肩をわなつかせ始める。
「こ……この……」
 二人のメイドロボに挟まれる位置で相も変わらず眠りこける貴明にシルファは下着が見
えるのも気にせずに足を振り上げると、自分で「ご主人様」と呼ぶ人の顔面めがけて蹴り
を繰り出した。
「さっさと起きるのれす! この節操なし!」
「ぐはっ!? ちょっ!? ぐぉっ!?」
「ちょっ、ちょっとシルファ! 貴明に何するのよ!?」
「姉さんはさっさと服を着てくらさい!! シルファはこのご主人様を起こすのれ忙しい
んれすから!」

 

「……今日も大変だったみたいですね。貴明さん」
「おはようございます……。イルファさんが起こしてくれれば……いいえ、なんでもない
です」
 穏便な朝でなかった事が俺の顔の腫れ具合を見て分かったのだろう。イルファさんが
「あぁ、やっぱり」と言う雰囲気で同情をしてくれているところから察するに彼女はこう
なる事を予見してシルファに俺を起こすのを依頼したのだろう。
 それに対して何かを言いたいところではあるが、シルファが怒ったのは俺が原因でもあ
るわけだから強くも言えない。
 ミルファに対して怒ればいいのかもしれないがしっかりと言わない俺も悪いのだろうか
ら……なんだか自分を少し嫌になった。
「まぁどうせ自業自得やろ。こんだけ良い生活してんねんからそれ位のリスクは当然や」
 朝から相変わらずのとげとげしい瑠璃ちゃんの意見に凹まされながらも確かにこの環境
は雄二から言わせれば楽園だと自分でも思う。
 自分で準備しなくても料理は出てきてそれも一流の美味しさ。
 期間こそ短いが一人暮らしをしていた経験から考えると正に月とスッポンと言える。
 それを考えればこれ位……いや、痛いのはやっぱり嫌かな。
「貴明は朝から元気一杯やなぁ〜」
 まだ寝起きのままで頭が覚醒してないのだろうか、珊瑚ちゃんのいつも以上にぽややん
とした雰囲気の言葉に唯一癒された気がした。
「元気なのが一番ですよ。はい、貴明さん召し上がれ」
「はい。ありがとうございま……朝からこれは多くないですか?」
 イルファさんから手渡された瑠璃ちゃん、珊瑚ちゃんより大きめの専用茶碗には漫画で
見た事のあるような盛り方のご飯が。
 夜なら……というか夜にもこんなに食べた記憶は無いけど朝にしては明らかに多い。
「全然多くないです。育ち盛りの男性ならこれ位食べて当然です。それに朝は一番エネル
ギーを摂取しておいた方が良いんですから」
 確かに朝ごはんはちゃんと食べろとよく言われていた記憶はある。
 しかしそれにしてもこれはちょっと多いんじゃないだろうか。
「ご主人様ならそれ位ペロリれすよ」
 ……明らかにまだ怒っていらっしゃるみたいです。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
 うん。美味しいんだけどね……。


「ねぇ〜。あたしだけ除け者にしないでぇ〜」
 ダイニングテーブルから少し離れたところでシルファに命令されて正座をさせられてい
たミルファが俺たちの会話に我慢できなくなったのか訴えかけてきた。
 そんなミルファのお願いにもシルファは表情を変えることなく言い放つ。
「朝から仕事も碌にしない怠け者は朝御飯の卓に一緒に居る資格は無いれす」
「うぇ〜ん。シルファがいじめる〜」
 自分と姉妹機とは言え、一応姉であるはずなのに何故こうも弱いのだろうか……。
 俺が言えた義理ではないが。

 


「タカくんおはよ〜。はい、チョコだよっ」
 朝の何時もの合流地点に付いたところで早速このみからチョコを渡された。
 朝のゴタゴタでさっぱり忘れていたが今日がバレンタインデーなんだな。昨日、と言う
か日付が変わった直後にミルファから貰ったものだから感覚が昨日のままだった。
 渡された袋こそ売り物の包装紙だがシールの微妙な歪みからすると多分このみが自分で
作ったのだろう。
「春夏さんから何回怒られた?」
「30回からは数えてないであります……」
 昨日のことを思い出したのか、顔を青ざめさせている所を見る限り大分苦労したみたい
だ。
「ありがとな。美味しく食べさせてもらうよ」
「えへー。自信作であります!」
 自信満々に小さな膨らみの胸を張るこのみに俺は一つ質問をしてみた。
「……ちなみに何回つまんだ?」
「……10……20回位」
 多分30回はいってるな。

「あらタカ坊。私のは美味しく食べてくれないの?」
 俺のこのみに対する例の言葉に反応してきたタマ姉が俺に近づいてきた。
 背中にくっついてきたタマ姉の豊満な胸に体が硬直する。
 ここで
「タマ姉……あの、当たってるんですけど……」
 と言おうものなら
「当ててるのよ」
 と返ってくる事必至だ。
 そんな事にならないように俺は平静を装いながら普通に挨拶を返す事に努めた。
「おはよう……タマ姉。タマ姉もチョコくれるの?」
「う〜ん。どうしようかなぁ〜」
 俺の質問に対して曖昧な答えを返してきながらも目の前にはチョコが入っているであろ
う袋を馬の前にニンジンをぶらさげるようにして見せてきた。
 俺からは見えないが多分タマ姉の目は「あの」目つきになってるのだろう。
「タカ坊は私からチョコ貰えると嬉しい?」
「うん……嬉しい」
「そっかぁ〜♪ タカ坊はタマお姉ちゃんにチョコ貰えて嬉しいんだぁ〜♪」
 声が弾み、体が弾み、そして胸が弾んで俺に当たってくる。
 こ、これは色々とまずい。
 特に瑠璃ちゃん辺りからの視線が痛……
「……」
 あれ、珊瑚ちゃんと話しててこっちを見てない。
 というか無視ですかい。
 しかしそうするとこの視線は一体……。

「ちょっと、あたしのダーリンに手出さないでくれる?」
 一番聞きたくない声が視界の外から聞こえてきた。
「あらミルファ。今日はこんなところまでお出迎え? 偉いわねぇ」
「今日は貴明に変な虫が付きやすい日だから気になって来てみたら……」
 ミルファから何か殺気的な何かが出ている気がする。
 きっと気のせいなんだろうけどプレッシャーがかかってきている気がする。
「まだ虫が出てくるには季節が早いんじゃない? ねぇ? タカ坊〜♪」
 ミルファの雰囲気を無視するどころか煽るようにしてタマ姉が俺に先ほど以上の力で俺
に抱きついてきた。
 タマ姉の胸が圧迫によって歪む毎にミルファの周りの空間が殺気と怒気で歪んできてい
る気がする。
 もうこの時点で分かる。
 今日一日が終わるときに俺は魂が抜けてるだろう。

 

「お〜い、貴明生きてるかぁ〜?」
「このまま死んだ方が楽かも……」
「まぁあれはなぁ……流石に同情するぜ」
 席について早々に突っ伏す俺に何時もはからかってくる雄二もあの竜虎あいまみえる光
景を見たせいか同情を見せてくれた。
 登校早々に魂を抜けかけさせている俺の頭の辺りに一人誰か来るのを感じる。
 重い頭を上げてみると心配そうに俺を見下ろす愛佳の姿がそこにあった。
「貴……河野くん大丈夫?」
「うん。ちょっと朝から一触即発の光景を目の当たりにしてね……」
「そ、そうなんだ……」
 俺のやつれ具合から何かを察してくれたのか、愛佳はそれ以上は詮索をしてこなかった。
「あれ? 委員長その手に持ってるのは何?」
 雄二が愛佳の手に握られていた二つの袋に気づく。
 愛佳の性格上から考えると
「うん。河野くんと向坂くんにはお世話になってるからと思って……」
「サンキュー委員長! 美味そうなチョコじゃん」
「確かに美味そうだ」
 雄二と同じように袋を開けたところで俺の中身と自分の中身を見比べた雄二が目を細め
る。
「……委員長。俺のと貴明のって……義理チョコだよな?」
「へ? う、うん……と。そう、だよ?」
 愛佳の様子が明らかにおかしい。
 ま、まぁ確かに義理チョコにしては豪華な気もするけどこのみもタマ姉も手作りだった
からこんなもんなんだと思うのは俺の価値観なんだろうか。
「明らかに俺との差が……」
「まさか愛佳、チョコの匂いにつられてつまみ食いを」
「そ! そんな事包装してからはしてないよぉ〜!!」
「と言う事は作った後につまんだ?」
「ちょ、ちょこっとだけ……」
 女性と言うのは甘いものに本当に弱いんだな。
 罰が悪そうに愛佳が視線をよそにやると何かに気づいたらしく逃げて……もとい、廊下
へと行ってしまった。
 雄二と早速貰ったチョコを食べつつ廊下の方を見ていると、お世話焼きモードのあの笑
顔を見せながら何かを引っ張ってる愛佳の姿。
 少し見てるとドアからはみ出して見えてきた姿は相変わらずの何処か不満気な郁乃だっ
た。
「郁乃の奴、何やってんだ?」
 廊下の二人のやり取りを見ていると、愛佳のあの笑みに負けたのか押されるように郁乃
が教室へと入ってきた。
 そしてやってきたのは俺たちの前。
 何を話しかければ良いのか困っていると郁乃が無言のまま俺を睨みながら紙袋を差し出
してきた。
「何これ。もしかしてチョコ?」
「もしかしてでもなくてそうよ。何、要らない?」
「いや、貰うよ。ありがとう」
 チョコがもらえて嬉しくないはずが無い。郁乃から紙袋を受け取ると、彼女は小さく溜
息を吐く。まるでヤレヤレとでも言いたげだ。
「姉貴もこんな節操無し相手に大変よね」
 郁乃の言葉は俺の予想を超えるものだった。
「なっ!? 何言ってるのよ郁乃ぉ〜! そう言う郁乃だって昨日頑張って」
「わー! わー! そんな事言わなくて良いのよ! このバカ姉!!」
 あぁ、騒がしいなぁ……
「何か貴明、お前達観するようになってきたな」
「大変な日々があったからなぁ」
 普通バレンタインデーって男の方がはしゃぐ気がするんだけど明らかに逆になってる気
がする。

 

 それからは休憩時間、昼休み、そして放課後と俺の精神は徐々に削られていった。

 

 由真や
「別にあんただけに作ったわけじゃないんだから勘違いしないでよね!」
「はぁ…そうですか…」
「その反応なんかムカつくんだけど」

 花梨や
「……まさか玉子サンドの中にチョコが入ってたりとか」
「そんな邪道な事はしないんよ。玉子サンドは勿論別に」
「あるんだ!?」

 優季や
「はい、貴明さん。ちょっと苦めですけど紅茶に合うんですよ」
「うん……さすがは優季だね」
「あの、だから紅茶に合うって……貴明さん?」

 るーこや
「この星では今日はチョコをやると良いことがあるらしいな。特別にやろう」
「あ、ありがとう」
「……良い事はまだか?」

 ささらや
「ごめんなさい。既製品になってしまって……」
「いや、全然嬉しいよ。けど何か包装からして高そうな感じなんだけど」
「……あ、あの値段とかは気にしないで」

 何故かま〜りゃん先輩まで
「たかりゃんやたかりゃんや。ここに甘いお菓子があるから寄っておいで」
「そんなあからさまな罠には乗りません」
「え〜。あま〜いま〜りゃんをプレゼントしようと思ったのに〜」

 

 ……とまぁ帰る頃には歩くのも億劫なまでに疲れていた。
 雄二も俺の様子をあまりに不憫に思ったのかジュースを奢ってくれるなんて言う珍しい
行動に出たり、今日はなにやら忙しいとしか言えない一日だった。

「ただいまぁ……」
「貴明おかえり〜!」
 色々と振り回されていた俺より先に帰ってきていた珊瑚ちゃんが俺を出迎えてくれた。
「何か貴明疲れてへん?」
「色々あってね……まぁ大丈夫だよ」
 着替えてから寝るわけにもいかず、リビングでソファーによりかかっていると再度珊瑚
ちゃんが俺の元へとやってきた。
「貴明チョコいっぱいもろたん?」
「ん、まぁ義理だけどね」
「ほんま〜? 貴明モテモテやからなぁ〜」
 モテモテ……まぁこの家でのことを考えればそうなのかもしれない。
 拗ねる様な、と言ってもそのほんわか具合から拗ねてる様な見え方ではないのだけれど
拗ねながら珊瑚ちゃんは俺の膝へと乗ってきた。
「うちもチョコあげるな〜」
「本当? 嬉しいなぁ〜」
 何だかんだでこの家にいる珊瑚ちゃん達からもらえるのが一番嬉しい。料理は絶望的な
珊瑚ちゃんがくれると言うのが一瞬怖かったがどうやら既製品らしい。
「んじゃ口開けてな〜?」
 珊瑚ちゃんの言葉だと何故かすんなり従ってしまう辺り俺はこの家というものに調教さ
れているのだろうか。
 言われるがままに口を開けると珊瑚ちゃんはチョコの包装を解くと自分の口にくわえて
俺が反応を見せる前にキスをしてきた。
「ん〜☆」
 チョコが溶けきるまでの間、チョコを味わうように珊瑚ちゃんの舌が俺の口の中で踊る。
 というか明らかにチョコを味わってる。
 俺自身チョコを味わっているのか珊瑚ちゃんを味わってるのか分からなくなり始めた時
にやっと二人の唇は離れた。
「もう一個食べる?」
 珊瑚ちゃんのお誘いに何も考えられず、ただ頷こうとした所でリビングのドアを開ける
音。
「ダメですよ、珊瑚様」
 イルファさんが珊瑚ちゃんを止めるというのは珍しい気もする。
「みんなの分もちゃんと残して置いてくださらないと」
 うん、止めてなかったね。俺ってば早とちり。イルファさんはその場を収めると言う事
より場を混乱させる事を生きがいとしているんだった。
 ……どんなメイドロボだ。
「ちょっとシルファ! 何であたしはダメなのよ!」
「ミルファ姉さんは昨日の夜独り占めしたんれすから当然の事れす」
「ず〜る〜い〜!!!!」
「う、うちはそんな事したいわけじゃ」
「じゃあみんなでバレンタインや〜!!」
 みんなでバレンタインって何だろう。
 多分明日には俺はチョコレート工場で働いてる人並みにチョコを嫌いになれそうな気が
する。そんな気がする。



「貴明……夜になったらまたチョコあげるからね」
 4人にもみくちゃにされながら耳に入ってきた静かで抑揚の無いミルファの声。
 耳周りは五月蝿いはずなのにスっと入ってきたその声が背筋を凍らせる。
 明日は休んだ方が身の為なのかも。
 遠めに見えるミルファの怖い笑顔が印象的だった




 



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