「暑い……暑い……」
「もぅ、ずっと暑い暑い言い過ぎだよ」
「そうは言ってもなぁ……」
夏休みに突入し、楽しい夏休みライフを満喫……と行きたいところではあるんだけど、
家の中はやってられないほどの熱に包まれている。
サウナ風呂か、と思うくらいの暑さに俺は蒸し焼きされてしまいそうな勢いだ。
梅雨明けの連日真夏日の暑さはまだ何とか耐えられる。
外でならね。
しかし、これが家の中でとなると我慢ならない。
普段ならエアコンをブレーカーが落ちろと言わんばかりにつけてるんだけど……。
この夏初めてエアコンをつけた途端、それはくさい臭いと共に臨終してしまった。
で、今に至る。
あー、暑い……。
「修理なら明後日来るって言ってるんだし、少しの我慢じゃない」
テーブルに麦茶が入り、汗のかいたコップを置き、ミルファは俺のすぐ隣へと腰を下ろす。
あー、今は近くに人が居るだけでも暑っ苦しく感じてしまう。
「我慢できない現代っ子です……」
「少しは汗をかいた方が体にも良いよ」
ミルファは俺よりも健康的なことを言ってるし……いや、メイドロボだからこそ、か。
しかし……
「こんだけ暑いってのに、ミルファは平気そうだなぁ」
俺よりも暑さには弱そうなのに、平然とすごしている。
当たり前かもしれないけれど、汗のひとつもかいてやしない。涼しそうなもんだ。
一瞬、俺が暑く感じているのが錯覚だと思ってしまうが、この暑いのはやっぱり現実か。
「そりゃ暑いには暑いけどね。動けないわけじゃないし……ほら、冷却はきちんと
してるんだよー」
そう言い、彼女は俺の頬へと手を添えてきた。
じとっとした自分の汗とは別の、少し冷たくも感じる掌。
「あぁ……気持ちいい……」
「そ、そんなに擦りつかれると恥ずかしいんだけど……」
「そうなの? いつもなら自分から擦り寄ってくるくせに」
「うぅぅ〜……それとこれは違うのー! ほら、離れてー!」
「もうちょっとー」
「お昼ごはん作れないー!」
「暑くて食べる気しないー」
夏バテ、とは言わないけれど、暑すぎると食べる気も失せるというもんだ。
家のありとあらゆる窓を全開にし、空気を混ぜるために扇風機をつけていても、今の家で
は完全に焼き石に水だ。
少しは涼しくなるということでミルファが庭に水を撒いてたみたいだけど……。
「あたしの愛のこもった料理でも食べれないんだ……浮気してるんだ」
「なんでそうなるのさ」
「だって! 今まで食べれないなんて言わなかった! どんな時だって、無理してでも
食べてくれたもん! そうだ! エアコンが壊れたのを理由にして浮気しにどっか
行く気なんでしょ! 出しなさいよその女ー!」
「は、話が飛躍しすぎた!?」
どうやら、暑さに強いとはいっても、判断能力は少々鈍ってるというか、暴走している
みたいだ。頭は冷却しきれてなかったのか。
「浮気してるんだったらさっさとそっちに行ってるっての……」
「やっ! だめー! 行っちゃやだー!」
「だから浮気してないって!?」
「だめだ。わけわからん……どうにか涼む方法は無いかな……」
「そ、そうだね……変な言い合いしてたら余計に暑くなったかも……
オーバーヒートしそう」
「え、恥ずかしくて沸騰しそう、とかじゃなくて」
「何そのエッチな漫画。貴明の隠してる本にでもあったの?」
「そ、そんなものはない!」
「えー。この前掃除したとき、新しいのが増えてたけど……」
お、俺のお宝秘蔵コレクションのありかを知られてる!?
隠そうとも、恥ずかしがろうとも、怒ろうともせず、ミルファはあっさりと俺の秘密を
暴露してくれた。俺の……秘密だと思ってたのに……。
誤魔化そうとしても、最近新作を追加したのを知ってるところをみると、明らかに場所が
掴まれているということだ。
こ、これは……俺は盗んだバイクなりで逃げ出したほうがいいのかな。
「お姉ちゃんにも相談したんだけどね、年頃の男性なら普通だって言ってたし、あたしは
全然怒ってないよ? それよりも、貴明がどんな服装やシチュエーションが好きか分かっ
て嬉しいというか……」
「か、勘弁してください」
俺、もうイルファさんと普通に会話できない……。
「それで、タカくんの好きな服装って何なのか、気になるなぁ」
「だからそれは……春夏さんなんでここに」
「お中元のお裾分け♪ うちだけじゃ食べ切れなくてね」
俺の知られたくもない部分について話している時に、いつの間にか春夏さんが自然に
会話へと入り込んできている。
あ、危ない……思わず質問に答えてしまいそうだった。
そんな春夏さんの手にはスイカが一玉と、何かの箱がぶら下がっている。
確かにこのみのおじさんは毎年送られてきて困ってるとは言ってたな。それをわざわざ
持ってきてくれたんだ。
「それはありがとうございます。でも呼び鈴は……」
「あら、もうそんな他人行儀な仲じゃないのに……タカくんて結構意地悪なのね」
「どんな仲ですか……」
ドアが開いたら普通は気づくんだけどな。いったいどんな技術を使ったのやら。
それに、俺と春夏さんはお隣さんという以上なにもなかったと記憶してるんだけど。
「貴明、浮気相手って……」
「いまさらそれを蒸し返しますか!?」
「あら、わかっちゃった? ごめんねミルファちゃん……」
「更に混乱させるようなことを言わないでください!」
春夏さんのからかいを止めることも出来ず、ミルファの表情は曇るを通り越して雷雲へ
変化していっている。
スイカを受け取っていたミルファはその春夏さんの冗談を受け流すどころか、直球で
受け取っていたらしく、スイカからあまり聞いたことにない音が聞こえてくる。
ギシッ……ギシッ……
スイカって軋むんだぁ……。
「さっきは浮気してないって言ったのに……嘘ついたんだ」
「あら、タカくん嘘はダメよ?」
「嘘ついてるのはあなたでしょうが!? ちゃんとミルファに説明してくださいよ!」
「説明って……きゃっ、恥ずかしい♪」
カマトトぶりやがって……!!
「貴明の……馬鹿ー!!」
ボグアッシャァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!
「げぶっ!?」
サッカーのスローインが如く両手で俺の視界から消えるほどに振りかぶられたスイカは
その凶悪的な後背筋を全力全開で使用し、音速を超えよという勢いでその緑の塊は俺の頭
へと一寸の狂いもなく叩き落される。
頭の上で衝撃に耐え切れず、スイカが割れ、汁が撒き散らされる。
自分の上でスイカ割りをやられた衝撃に、一瞬目の前がブラックアウトする。
「あらあら、凄い綺麗に割れたわねぇ。でも、スイカ割りは外でやった方がいいわよ?」
「だ、誰のせいですか……」
さすがにここまでシレっとされると、僅かながらも殺意が芽生えそうだ。
春夏さんなりの可愛いいたずらなんだろうけど……。
頭からは冷えろとばかりにダラダラとスイカの汁が垂れてきている。
「まぁまぁ、彼女の可愛い嫉妬じゃない。笑って応えてあげるのも彼氏の役目よ」
今、俺は一瞬命を覚悟したんですが。
俺の中の殺意が発芽しそうなところで、春夏さんが俺の頬に垂れているスイカの汁を
指で掬い取ると、鮮やかなピンクの舌で舐めとった。
「うーん……お中元で貰ったスイカだけあって、甘くて美味しいわね」
こ、これが人妻の実力だというのか……!
エロすぎやしないでしょうか!
「これならタカくんもいつもより美味しそうねぇ……?」
「ひ、ひぃっ!?」
捕食するものとされるもの。その構図が今俺の頭の中に色鮮やかに描かれる。
こ、これは逃げないと本気の可能性が……。
「貴明はこれからあたしが洗うので失礼します!」
腰が抜かしたような状態になってしまっていた俺を、さっきまで怒っていたミルファが
抱きかかえてくる。
男一人を軽々と持ち上げるって……改めて逆らわないようにしよう。
そのまま俺を抱え、ミルファは部屋から風呂場へと足を向かわせる。
と、歩き出した途端に足を止めると、春夏さんへ
「あ、お中元ありがとうございます。おいしくいただきますね!」
俺が見ても怖いほどの満面の笑顔を見せ、リビングを後にした。
「ちょっとからかい過ぎたかしらねぇ……でも、それも若さよね」
「ちょっ、ミ、ミルファ……自分で脱ぐからさ……」
「だーめ! 全部あたしがやるの! 貴明の全部知ってるのはあたしだけなの!」
「……そんなの当たり前だろ」
「今は信じられないもん」
「だからあれは春夏さんの冗談だって」
「貴明はまんざらでもなかったみたいだったけど?」
俺の中に殺意が芽生えそうになってたのがまんざらでもないんだろうか。
女性の目っていうのはよくわからない。
「本当かどうか、調べてみる?」
「……貴明ってやっぱりエッチ」
「そりゃミルファにだけだし」
「……あんっ!」
「あー、熱かった……」
熱いシャワーを浴び……まぁ仲直りをして風呂場から出ると、本来ならうだる暑さの
脱衣所も涼しく感じる。
汗も洗い流せてサッパリしたし……結局は丸く収まったな!
「ほら、シャワー浴びて良かったでしょ」
「そうだな。ミルファの機嫌も直ってくれたし」
「ふふーん。そりゃまぁ貴明の愛をいっぱいもらったもんねー……んっ」
体を拭いていると、ミルファが体を震わせる。
寒い……わけないもんな。
「ん? どうかした? 体調不良とか?」
「ううん……えっと……た、貴明のが溢れてきちゃった」
「あー……うん」
こんな恥ずかしい事を教えられて、どう返していいかわからない。
喜ぶ……べきなんだろうか。
「それじゃあ、お昼ご飯作ろうかな。何が食べたい?」
「そうだなぁ。さっぱりとしたものがやっぱり良いかな」
「はーい。全くわがままなご主人様ですねー」
仕方ないような口ぶりをしつつ、嬉しそうにミルファは新しい服に袖を通し、
ドアを開い……
ゴンッ
「ぶっ!」
「え!? あ……」
「あっ……ど、どうもー」
ドアを開くと、そこにはドアに顔をぶつけて鼻を押さえるこのみと、バツの悪そうな
苦笑いを見せるタマ姉。で、置くには何があったのか、倒れる雄二……。
こ、これって……
「な、何してんの、タマ姉……」
「……お中元のお裾分けをしようと来たらお風呂にいるみたいだったから……」
「もしかして、全部……」
「か、鍵をかけてないタカ坊が悪いんだからね!」
「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「ぐぶっ!」
叫んで走ってどこかへと逃げるミルファ。
その時に踏まれる雄二。
苦笑いを見せ続けるタマ姉に、
顔が色々な理由で赤くなってるこのみ。
暑い家のなかでの大混乱に、俺はようやく落とした汗が全身からまた噴出してくるのを、
否応なしに実感していた。