暦は冬。
そろそろ麻弓の悲鳴が聞こえてくる季節が近づいてきていた。
まぁ中間試験の時点で声にならない叫びを表情で示していた辺り今回も余裕は無いの
だろう。何時もより早めに楓に泣きついている辺りが良い証拠だ。
「き、きっと今度は大丈夫ですよ」
と麻弓を励ます楓の言葉が凩のように痛々しかった。
授業を完璧に受け、試験前の勉強すらするような優等生軍団である楓達はともかくとして
赤点最有力候補の名高い麻弓、得手不得手がハッキリとしているシア、そして悲しいかな
こっちの部類に分類されてしまっている俺なんかは試験前、普段は持って帰らない教科書を
持って帰り、必死に抗わなければならない。
中間でも赤点パレードを行進していた麻弓はともかくとして、俺は赤点は無かったので
比較的安全とは言える。
「期末試験は中間試験に1か月分の授業をプラスしただけなのだから問題無いですよ」
というのは優等生であるネリネの言葉。
確かに中間試験からたった1ヶ月程度しか経ってないから勉強量は幾分楽ではある。
しかしテストはテストだ。俺のような凡人の脳力しかもって無い人間には結構重要な
違いだったりする。
そんなわけで今は試験の一週間前。試験範囲もすべて発表されたので俺は食後の
のんびりくつろぎタイムも泣く泣く放棄し、構ってもらえないと寂しそうにするプリムラも
リビングに置いて自室の机に向かっているのだった。
机の上に教科書とノートを開いて眺めるは数字と記号の羅列。
……まるで異国の言葉みたいだ。
「やっぱり問題は理数系か……」
公式の山から意識を避けるように背もたれに体重を預ける。
鈍い軋み音を響かせて椅子が歪む。
理数系は暗記科目と違い、公式の意味を知らないとさっぱり分からない。
そして恥ずかしながら俺は授業中に寝ていたことが多々ある。物理なんかは睡眠魔法でも
かけられてるのでは無いかという位に眠くなるから不思議だ。
そして俺にはこうやってツケが回ってきてるわけだった。
「よし、ここは大人しく教えてもらった方がいいだろう」
少しは足掻いてみたものの、無理だとわかった俺は一人での勉強にあっさりギブアップをし、
うちに居る才色兼備の優等生に教えて貰う為に部屋を出た。
「寒っ……」
暖房機器などない廊下の寒さは部屋の暖かに慣れ、緩みきっていた肌を容赦なく攻撃
してくる。
思わず首を引っ込め、体を縮こませながら俺は階段を下りる。
人間とは面白いもので、部屋に居るときは尿意を全く感じなかったのに寒くなった途端に
尿意が襲ってきた。
そんなわけで優先事項がトイレとなった俺はまずそちらを済ませてから楓が居るであろう
リビングへと向かうことにした。
手を洗うときの水の冷たさというより痛さに冬を感じながら灯りが付いているリビングへの
ドアを開ける。しかしそこに楓の姿どころかプリムラの姿も見えない。念の為にキッチンの
方も見てみるが綺麗に片付けられてはいるものの誰も居ない。灯りが消されていないから
ちょっとだけここを離れたのだろうけどそうすると何処に……。
少し考えた後、視線がある方向へと向かう。
「風呂場……だよな」
記憶をさかのぼってみるとトイレを出た時にシャワーの音がしていた気がする。
楓が部屋に居ないのは確認済みだから考えられるのはそれしかない訳だが、それに気付いて
しまうと困ったもので意識をしないようにすればするほどに楓の入浴姿を想像してしまう。
俺だって健康的な思春期の男だ。
妄想力には定評がある位だ。
それに楓の綺麗な肢体は俺の頭の中にしっかりとインプットされているのだから具現化すら
出来そうな気さえしてくる。
「あれ? 稟くんどうしたんですか?」
「いや、ちょっと楓のな」
「私がどうかしたんですか?」
脳内で再生された声でなく、鼓膜を響かせて入ってきた実際の声に思考が現実へと
引き戻される。
視線を声のした方──廊下に通じる扉の方へと視線を向けるとパジャマ姿の楓がそこに居た。
「あ、いや……」
「?」
いくら恋人同士とは言え、あなたの入浴姿を想像してましたなんて言える訳が無い。
俺の不注意な発言に対して疑問の顔を浮かべる楓の気を何とか別の方向にそらそうと
俺はテスト勉強で疲れている思考を必死に回転させた。
「そ、そうだ!! 楓、パジャマ替えたのか?」
「あ、はい。最近寒くなってきたので冬用にこの前買ってきたんです。リムちゃんと一緒に
買ったんですよ」
少し厚めの生地のパジャマは楓の全身を包み、少し眺めの袖は先から細くて綺麗な指だけを
覗かせている。そんな少しブカブカなそれは胸元が若干広く開いてそこにはお風呂上りで
ほんのり赤い肌が見えていた。
肌の部分が殆ど隠れている分、見えている所に意識が集中される。
火照った体は楓を艶っぽく見せていた。
「あ、稟くんもしかしてもうお腹空いちゃいましたか? 今日から試験勉強始めたんですもんね。
今すぐ作りますからちょっと待っててもらって良いですか?」
すぐにキッチンへと向かおうとする楓。
楓のお手製夜食も嬉しいのだが今日は違うお願いをしにきたのだ。
「あぁ、そうじゃないんだ。ちょっと勉強で分からないところがあってな……悪いんだが
教えてもらっても良いか?」
楓の勉強時間を削ることになってしまうのは忍びないが楓にお願いしてみると彼女は
何時もの優しい笑顔を返してくれた。
「はい、私でよければ喜んで」
楓の部屋から椅子を持ってきて二人でやる試験勉強。
そういえば……
「こうやって二人きりで勉強なんて入学試験の勉強したとき以来ですかね」
俺が考えていた事をそっくりそのまま楓に言われてしまった。
確かに俺が記憶している限りバーベナ学園に入学する為にはかなり勉強しないと安心
できないのを担任から知らされ、必死になっていた時に楓が毎日毎日俺に親身になって
教えてくれたのが最初で最後だった気がする。
あの時は結構余裕が無かったから楓のことを気にする事も出来なかったが楓も受験するのに
随分と迷惑かけてたよな。
今更ながら反省。
尤も、楓は余裕で入学と言う判定を前から貰っていた訳だけど、それでも試験前に勉強
しないのは不安じゃなかったのだろうか。
楓に懇切丁寧に教えてもらいながらそんな事を俺は考えていた。
「なぁ楓、俺に勉強を教えてもらうのは非常にありがたいし、何より俺がお願いしたの
だから言えた義理じゃないんだが……」
「はい?」
「楓はテスト勉強しないで大丈夫なのか?」
俺の問いに楓は何時もの笑顔で答えてくれた。
「試験前に特に集中してする事はありませんし、少し復習する程度ですよ」
「なるほど。さすが優等生。言うことが違うな」
「そ、そんな事無いですよ」
そういえばネリネも似たような事言ってたな。やはり普段から意識の違いがこういう所に
出てくるわけか。
少々反省。
「それに、稟くんと勉強する範囲同じですから私にとってもこれは立派な試験勉強なんですよ」
あ、そりゃそうか。
頭の中で納得する俺に楓は続けて言葉を返してきた。
「それと……その……一緒に勉強出来るの嬉しいですから」
恥ずかしそうに微笑んだ彼女の笑顔は心の底から嬉しそうだった。
「そ、それなら良いんだ」
「はい。あ、稟くんそこ間違ってますよ」
「ご、ごめん」
集中しろ、俺。
時計の短針も頂点を指し示す頃。
ただひたすらに試験範囲の問題を解くも流石に集中力も途切れ始めてきた。
そういえばかれこれ3時間以上ぶっ通しで勉強してたのか。我ながら凄いと褒めてやる
べきだろうか。
それよりもこんな事を普段から出来る楓の方が数倍凄いんだな。
休憩がてらにその楓の方を向いてみたところ
「すぅ……すぅ……」
疲れていたのか、横で俺の勉強を見てくれていた楓はコクリコクリと舟を漕いでいる
状態だった。
そういえば起きるの6時前とか言ってたよな。
今から寝たと考えても睡眠時間6時間……普通なら問題無いかもしれないけど楓みたいに
朝食作ってお弁当の用意して、食器洗って、買い物して、夕飯作って、食器洗って。
その上で俺に勉強教えてくれていたんだから疲れてて当然だと再認識させられる。
楓にまかせっきりの自分が少々情けないが仕方ない。
感謝だけは忘れないようにしないとな。
そんな事を考えながらも普段まず見る事の出来ない楓の寝顔を見ながら実感する事が一つ。
「わかってないねぇ、稟。美人はどんな仕草も様になるものなんだよ!!」
どっかの色情魔の声が脳内で再生された。
こんな状態で思い出したくも無い声だったがあいつの言う事としては珍しく納得出来てしまった。
そういえば、時々楓が
「稟くんの寝顔が可愛かったものですからつい見入ってしまいました」
なんて言ってて凄く恥ずかしい思いを朝からさせられたのを思い出す。
確かに楓の立場と俺の立場を変えて考えてみるとなるほど納得だ。これは見入るなと
言われてもつい見入ってしまうもんだ。とりわけレア度が高い楓の寝顔となれば男ならば
誰でも見たくて仕方がないものの一つに数えられてもおかしくはないはず。
樹辺りに言ったらその日の鬼ごっこが通常の数倍増になる事は想像に難くない。
ゆっくりと一人だけでこの空間を楽しんでいたいと言う思いはある。
しかし幾ら暖房をつけているとは言え、この寒さの中で楓をこのまま寝かせたままにして
しまったら風邪を引きかねない。
しかし楓をこの状態で部屋まで連れて行くのは至難の業。
暫し考えた後、結局起きるまでは俺の部屋のベッドで寝かせてやる事にした。別にやましい
考えがあるわけじゃなく、寝るならきちんとベッドでと思っただけだ。もしこのまま楓が
起きなかった場合は俺がおじさんの部屋で寝れば済む事だしな。
まぁ書置きの一つでもしておかないと起きた楓がパニックを起こしかねないけど。
「やっぱり軽いな」
起こさないように楓をそっとお姫様抱っこの状態で持ち上げてやると体全体に楓の柔らかさと
温かさが伝わってきた。
部屋の暖かさとは違う、何とも言えない心地よさを感じる温もりについつい浸りたくなる。
そんな欲望を必死に我慢してベッドへと寝かせてやると、楓が体勢を整えようと自然に
体を動かした。そのしどけない仕草……もそうなのだが、普段隠されている胸元がしっかりと
開かれており、俺の視線はそこから外せなくなっていた。
「うんぅ……」
どうして女性の寝声はこうも男性の理性を揺らすのだろうか。
完全に無防備状態の楓。据え膳食わねば何とやらでは無いがこんな状態で何もしないのは
男として問題があるんじゃないだろうか? というかここで何もしないのは「ラブホに行き、
彼女から『いいよ…』とか言われておきながらヘタれて何もしない」位に罪のある行為では
無いのだろうか?
いかん。精神が何かおかしい。普段しない勉強を長時間やり続けたせいだろうか。
頭の中で行われていた変な会議を必死に閉会させ、俺は楓に布団を掛けてやった。
変な誘惑に惑わされないうちに俺は机に戻る。
目の前の極楽(布団。オプションとして寝ている楓付き)をなるべく意識しないようにと
教科書へと意識を集中させる。
何とも本末転倒な気がするが多分間違ってないだろう。
面白い事にこの考えが功を奏したのか、勉強は予想以上に捗った。
ふと時計を見ると午前2時前。そろそろ寝ておかないと明日の授業に差し支えそうだ。
もし寝不足で紅女史の授業中に寝てしまったら試験以前の問題になってしまう。
あの人なら容赦なく校庭100周とかやりかねないし。
「ん……あ、あれ……稟……くん?」
「お、起きたか」
勉強道具をしまっている途中、俺の動きに反応したのかぐっすり寝ていた楓が起きて
しまった。寝起きでまだ思考がハッキリしていないらしく、部屋の明かりに目をシパシパ
させながら部屋を見回す楓。暫くした後、今の状況をようやく理解したのか半開きだった
目を大きく見開き、脅かされたハムスターの用にわたわたと騒ぎ始めた。
「あ! ご、ごめんなさい稟くん! 私ってば稟くんに勉強教えなきゃいけなかったのに
気付いたら寝てしまってたみたいで……」
「まぁ疲れてたみたいだしな。仕方ないだろ」
ミスでも無いのだが、楓の判断による俺に対する事でのミスは彼女を必要以上に落ち
込ませる。
「稟くんのお世話をするのが私の生きがいなのに、稟くんのお役に立てないなんて……。
やっぱり私ってば能無し役立たずのダメ人間なんですね……」
ほら、この通り。
しかしこれはちと落ち込みすぎじゃないだろうか。少なくとも100人聞いて100人が楓を
能無し役立たずのダメ人間などとは思わないだろう。無論俺も思うわけが無い。多分
楓が能無しなら俺は何だというのだ。
ちょっと自問自答して悲しくなってしまった。
一先ず楓を立ち直らせる為に俺はフォローを入れる。
「いや、楓がそんなに落ち込まなくてもいいぞ。俺が言い出したことだしな?」
「そんな事関係ないです!!」
関係ないのか!?
「稟くんをきちんとお世話出来ないなんて私失格です!」
「失格ってなんだ失格って!! それは何か違わないか!?」
「そう、そうですね」
何かに気付いたのか、楓はさっきまでの慌てようからようやく落ち着いてくれた。
が、
「そもそも私に稟くんをお世話する資格なんて無いって事ですね……そうですよね……」
何か根本的な所で凄い勘違いしていた。
「すみません、稟くん……お母さんと違って不出来な娘で……」
確かに楓のお母さんも凄かったと思うがあなたも負けず劣らず充分出来が良い娘ですよ。
そう俺が言う前に楓は背中に影を落としたままのっそりと布団から出てきた。
向かう先は扉の方向。どうやら自室へ帰るみたいだが……このまま帰られたら非常に
まずい気がする。多分俺に平穏な朝が来る事は限りなく少ない気がするぞ。
恥ずかしいが仕方ない。俺は楓の腕を掴んで彼女を止めた。
「あ、あのな、楓」
「は、はい……」
俺に怒られるとでも思っているのか楓の体は小さく震え、おどおどとした表情で俺を
見つめてくる。
な、何か非常に言いづらい。これって俺がいじめてるみたいだよな……。
「お、お前の部屋寒いよな?」
「はい、多分……。こんな私には寒い部屋がきっとお似合いです……」
何か凄いネガティブ思考だ。
「布団はあったかい方が寝やすいよな?」
「えぇ、まぁ……」
「俺はこれから寝ようと思う。そして俺の布団は今暖かい」
「?」
う、やっぱり理解してくれないか。しょうがない、ハッキリ言うしかないか。
「布団あっためてくれてありがとう、な」
「……?」
楓の目がキョトンとしたまま変わらない。少しした後に理解できたのか、楓の表情は
驚きと安堵の入り混じったものへと変わった。
「……! り、稟くんに喜んでもらえたなら嬉しいです」
と、また震え始めたと思ったら今度は泣き出してしまった。
「だから泣くなって」
「だって……稟くんの……お役に……えっぐ……」
非常に困った。
泣き顔も可愛いのだが非常に困った。
ど、どうしよう。
「ひ、一人よりは二人で寝た方があったかいよな?」
泣き止まない楓を見て俺はパニック状態になったのか、とんでもない事を口にしていた。
しまった、と思ったが否定する前に楓の口が開く
「い、一緒に寝るんですか?」
ここで否定したらきっと泣くよな。
「だ、ダメか?」
「ダメなんかじゃありません! 稟くんの為なら喜んで!! むしろ稟くんと寝れるなんて
これ以上の幸せなんてありません!!」
あぁ、多分今の俺の顔ってヒーターみたいに赤くなってるんだろうな。
「稟くん、おはようございます」
朝、何時もの声で目を覚ます。目を開けた先にあったのは何時もの笑顔。
今日も元気な楓は既に制服に着替えていた。パジャマ姿なら少し嬉しかったんだけど。
「あぁ、おはよう、楓。今日はちゃんと起きれたのか?」
「はい。何時も目覚ましが鳴る前に起きちゃいますから。けど……」
少し言葉を濁した後、楓は顔を赤らめて
「今日は稟くんが横に居たので少し寝坊しちゃいました。可愛い寝顔でしたよ♪」
「そ、そうか……」
そのときの様子を想像してかなり恥ずかしくなってしまった。
こ、このままじゃいかん。今日は反撃材料があるのだから反撃くらいはしておかねば。
「楓の寝顔も可愛かったぞ」
「え? あ……」
その言葉の意味を理解したのか、楓は少し動きを止めた後に顔を茹で上げたタコの様に
真っ赤にしてしまった。
自分で恥ずかしい台詞を言うのは平気なのに俺が言うとこうなるんだからな。
「そ、それじゃあ朝ご飯用意しておきますからお、下りてきて下さいっ!!」
顔を茹で上げたまま、楓は走って部屋を出て行ってしまった。
「今日はピンクか」
見る所はきちんと見てしまうのは青少年の性だろう。
「お、プリムラおはよう」
「おはよう……」
ダイニングに行くと何時もの事ながらプリムラが既に起きて待っていた。その無表情な
顔から何処となく「やっときた」と言ったような意思を感じられる。
何か俺ってばとことんダメなのかもしれない……。
俺が席につくのと同時に差し出されるなめこの味噌汁。程よい温かさになっているのには
改めて感心させられてしまう。
そして何時もの楓お手製の旨い朝食を頬張っていると珍しくプリムラが食事中に口を開いた。
「稟……」
「ん? どうした?」
「楓いじめちゃダメ……」
プリムラは視線を料理に注いだままそう言ってきた。
「いじめた? 俺はいじめてなんか無いぞ?」
いきなりどうしたと言うのだろう。俺が楓をいじめた事など過去に一度も無いし、いじめる
ような発言もした記憶は無い。
楓の方に視線を移すと楓も不思議そうな顔をしていた。
「リムちゃんどうしてそんな事を……?」
「昨日の夜……」
あぁ、あの騒ぎを聞かれてたか。
あの時の楓の騒ぎ様を端から見れば喧嘩をしている、若しくは俺が楓をいじめていると
思われても仕方ないだろう。
「あぁ、あれは楓の勘違いというか……なぁ?」
「え、えぇ。別に稟くんにいじめられてなんか無いですから大丈夫ですよ?」
少し恥ずかしそうにしながら楓もフォローを入れてくれる。
しかしプリムラは表情を全く変えぬまま、俺の方を見て
「けど楓……『ダメ』って言ってた」
「「えぇ!?」」
「後、『もう止めてください』って言ってた」
「「う、うあぁ……」」
「『イっちゃいます』とかも言ってた……楓何処か行っちゃうの?」
い、いかん。そんな所まで聞かれてたか……。
心配そうな顔で見てくるプリムラをフォローする為、楓が言葉を返す。
「だ、大丈夫ですよリムちゃん。あ、あれは仲直りのようなものですから」
なめこが気管に入った。
「ぐふっ! げほっ! ごほっっ!!!」
「り! 稟くん大丈夫ですか!!」
「稟……うるさい……」
結局平穏な朝は来なかったわけである。
更に学校に行ってもプリムラのとんでも発言で
「り、稟さま、私も仲直りがしたいです……」
「カエちゃんだけ仲直り羨ましいっす……じゃなくて、防音はしっかりした方が良いんじゃ
ないかな〜……」
とか
「稟ちゃ〜ん! 楓との仲直りの方法を教えてもらいに来ましたよー!!」
「恥ずかしがる楓さんの体を稟さんの手が容赦なく這いずり回り……まままぁ♪」
とか騒がしくなったり……それを各親衛隊に盗み聞き(亜沙先輩の声が大きくて盗み聞き
とは言い難いかもしれないが)された挙句に通常以上の殺気を伴われた状態での鬼ごっこを
行ったり、と何時もより何かと騒がしい一日だった。
そしてその夜。
昼間に何があっても試験は待ってくれない。楓の美味しい料理とお風呂で幾らかの
体力回復をさせた俺は今日も机へと向かう。
さて、始めようとペンを握った所で部屋にドアを叩くノック音が響いた。
「あ、あの……稟くん今日もお勉強のお手伝いしても良いですか?」
少し恥ずかしそうにそう言う楓を見て、俺は嬉しくないわけでは無いのだが俺の頬は
引きつっていたかもしれない。