「いやー、しかし味気ない放課後だなー」
「男二人の放課後なんてそんなもんだろ?」
「そりゃそうだけどよ……」
 極々普通な俺の放課後といえば、雄二と帰り際に商店街に寄り道をして帰る位のものだ。
 確かに毎日これじゃ味気ないというのも頷ける。
「コンビニで新作の肉まんがあったんだから良かったじゃないか」
「でもよぉ、『餃子肉まん』は詐欺だろ……中身変わらないじゃねぇかよ」
「確かにな。俺は普通の肉まんにして正解だった」
「そんな敷かれたレールの上を歩く人生など何が良い!
 俺はあえて冒険をしてみせるね!」
「そんな力説されてもなぁ」
 冒険をした結果、怪我をするだけなら俺は安全な道を歩きたい。
 雄二の冒険は大抵、大怪我するものばっかりだし。

「あーっ!! 忘れてたー!!」
 商店街を歩く中、雄二が唐突に大声をあげてくる。
 その声に、周りの通行人がこちらに視線を向けてくるのが恥ずかしい……。
 この威勢の良さは本当にタマ姉似だ。
「なんだよ急に。宿題でも学校に忘れたか?」
「なんだそりゃ?」
「俺の予想だと、夜に気づいて学校に取りに行くと、良い出会いがあるかもしれないぞ」
「それは良く分からんが……。今度発売する緒方里奈のシングルの予約が今日からなんだ
 よ!! かー!! 俺としたことが忘れてたなんて!!」
「別に予約開始なら慌てなくても良いんじゃないのか?」
 俺の意見に、雄二は物凄い剣幕で反論してくる。
 まるで親の敵に対するかのように。
「お前! オガリナファンとして、予約が始まったら即予約が鉄則なんだよ! 予約番号
 すらその人間のファン度を表すとも言われている!」
「そ、そう……じゃあ急いで行ってきたら?」
「そうだ! お前に説教をするのは後回しだ! じゃあな!!」
 雄二は騒ぎながら凄い速度で俺の前から去っていった。
 あの足を陸上に生かせば、もっと有意義な人生になりそうなのになぁ。

 

「あら、貴明さんじゃないですか」
 雄二も居なくなり、肉まんを食べながら何をするか考えていたところで、聞き覚えのあ
る声が呼びかけてきた。
「イルファさん。買い物?」
「はい。貴明さんと逢えるのを心待ちにしながら毎日買い物に出てたんですよ?」
「そ、そう……」
 確かに下校時間はそう変わらないし、待ち伏せもしやすいとは思うけど……。
 流石に冗談だよなぁ?
「こうして逢えたのも運命ですよね!」
「いや、どうだろう……」
 待ち伏せを運命と言ってしまえば、そうなのかもしれないけど。
「運命に決まってます! と、いう訳ですから、お買い物に付き合ってくれますよね?」
「まぁ……それ位なら良いですよ。暇ですし」
 買い物位なら問題も無いだろうし、面倒な目にもあわないだろう。

 そうなると、この肉まんは邪魔か。
「あむ……。むぐ。それじゃあ行きましょうか」
「あ、貴明さん。忘れ物です」
「ん? 何?」
 イルファさんはそう言って俺に近づくと、俺の頬に手を伸ばしてくる。
 何かを摘むと、自分の口元へ持っていってしまう。
 この仕草って……。
「はい、お弁当ついてましたよ」
「あ、あぅ……」
「あ、でもこの場合はお弁当って言う表現で良いんでしょうか?」
「あぅ……」
「それじゃあ、行きましょうか」
「……」
 唐突に恥ずかしすぎる事をされ、俺の脳は完全にパニック状態になってしまっていた。
 あんなのは卑怯だ。わざと……だったのかな。
「ほら、タイムセールに間に合わなくなっちゃいますよ」
「イ、イルファさん、今のわざと……」
「旦那さまにする事として、当然です。はい、行きますよー」
 旦那さま、ねぇ……。
 嬉しい響きだけど、俺が容認したわけでもないんだけどな。
 そのまま、嬉しそうなイルファさんに引っ張られるようにして、俺は買い物に付き合う
こととなってしまった。

 

「しかし、ずいぶん買ったね」
 元々俺を当てにしてたのか、それとも俺が居るから沢山買ったのか。
 スーパーを出るときには、俺の両手でも持ちきれない量の食材が買われていた。
「醤油と油があんなに安くなってるとは予想外だったのでつい……。重くないですか?」
「俺は全然平気だよ。イルファさんこそ、大丈夫?」
「貴明さんの持ってる量に比べれば、全然問題ないです」
 実際のところ、両手に持たれてる荷物の重さは半端じゃなく重い。
 更に、ビニールが指に食い込んで指先に血が通ってない感覚もしてきている。
 こりゃキツいかもな……。
「本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。それに、イルファさんに重いものを持たせるなんて男が廃るよ」
「流石は貴明さんですね」
「それよりも、イルファさんに重い荷物を持たせてるのをタマ姉に見つかったら、
 どんなお仕置きが待ってるか分かったもんじゃないし」
「環様はそんな怖い御方じゃないと思いますけど……」
「まぁ、女性から見たらそうだよね……」
 少なくとも、俺と雄二から見たらあれほどの畏怖の存在はあるわけがない。
 何と言うか、トラウマの権化だし……。
 優しいところがあるのは確かにそうなんだけどな。

「そういえば、シルファちゃん、何時まで着いてくる気なんでしょうね?」
「え? シルファが?」
「あら、気づかれてると思ってましたけど」
 そう言うイルファさんがこっそり指差す方向には、明らかに怪しいダンボールが一つ。

「…………」
「ママー、変なダンボールがあるよー」
「しっ! 見ちゃいけません!」
「ワウッ! ワウッ!!」
「ぴぃっ!?」

「…………あれは見てみぬ振りをした方が良いのかな」
「姉としては、知り合いと思われたくないのと、妹だから早く指摘してあげたい気持ち
 で揺れる思いでいっぱいです」
「だよねぇ」
 明らかに周りの人たちが奇異の視線でそのダンボールを見ている。
 これはシルファにとっては出るに出れない状況にもなりかねない。
 というより、既にそんな状況だと思うけど。
「ひとまず、急いで帰りましょう。そうすればシルファちゃんもついてきて一石二鳥で
 すから」
「それが一番だろうね……」
 はぁ、この重い荷物もって走るのか……。


 傍目から見たら少々奇妙な光景ではあったであろうが、何とかシルファを連れ、人目に
付きやすい場所から逃げる事が出来た。
 そして、珊瑚ちゃんの家に着く少し前にイルファさんはようやく足を止める。
 振り向くと、大分ボロボロになっているダンボールに向かって一言呟く。
「シルファちゃん。そんな尾行術を教えた覚えは無いですよ?」
「シ、シルファなんて人は知らないれすよ」
 ダンボールが喋ってる。明らかに異様な光景だ。
 そもそも、そんな舌足らずな喋り方なんてそうそう居ないし、バレバレなのに。
「つけるなら、もっと大胆につけなさい!」
「イルファさん、それじゃあ尾行じゃないよ……」
 その良く分からない指摘に、シルファはようやくダンボールから出てきた。
 あーあ、当たり前だけど埃だらけで凄い事になっている。
「シ、シルファはご主人様が変な人に連れて行かれないか見張ってたらけれすよ」
「変な人って誰ですか……」
「イルイルれす」
「姉に向かって変な人とは……。教育的指導が必要ですね……」
「ぴっ!?」
 イルファさんから発せられている何か──恐らくは怒気だろうが、それを感じたのか、
シルファは明らかに怯えた表情を見せる。
 これじゃどっちが悪者何だか分からなくなりそうだな。
「ほ、ほらイルファさん! ここで騒いだらご近所に迷惑だしさ、家に帰ろうよ。
 ね?」
「貴明さんがそうおっしゃられるなら、仕方ありません」
「ほら、シルファも行こう。おいで?」
「は、はぁ〜い」
 シルファはイルファさんから隠れるように俺の側に来た。
 その目立つ埃を取ってやると、イルファさんの方から大きなため息が聞こえてくる。
「もう、貴明さんはシルファちゃんに甘すぎます」
「え、そうかな……」
「これじゃあシルファちゃんが立派なメイドロボになれないじゃないですか」
「シルファはご主人様に満足してもらえればそれれ良いんらもーん」
「そう言う事を言ってるんじゃありません!」
「まぁまぁ……」
 こうして二人の口げんかを何とか宥めながら、俺は先ほどの様な早歩きで、珊瑚ちゃん
の家へと向かった。

 

「ただいま帰りまし……」
「ダーリーン!!」
「うわっぷ!」
 家の中に入るや否や、ミルファが待ってましたと言わんばかりに玄関へと走って来て、
俺へ抱きついてきた。
 この反応速度、さすがと言うしかないけど、何で分かったんだろう。
「玄関からダーリンの匂いがしてきたから」
「え、何その理由」
「ミルファちゃんの貴明さんに対する性能は既に犬を凌駕しつつありますね」
 イルファさんも驚くことも無く、普通にキッチンへと向かってしまう。
 しかし、そんな事ってあるんだろうか。匂いって……。
「ミルミルはそのおぽんち脳をもっと有効に使った方が良いれすよ」
「あ、ヒッキーのくせしてうちに来たんだ」
 あぁ、二人の間に嫌な空気が渦巻いてるのが分かる……。
 この二人の仲はどうしてこんなに悪いのかなぁ?
「ご主人様が変な人にホイホイついて行くノンケか、気になって来たらけれす!」
 一体どんな理由だそりゃ。
「そう。じゃあダーリンはあたしの部屋に行こうねー」
「いや、女の子の部屋に入るのは……」
「なんでー!? この前だって入ったでしょー」
「あれは不可抗力……」
 引きずりこまれたのは入ったと言って良いものなんだろうか。
 それに、あの女性特有の甘い匂いで包み込まれた空間は恥ずかしすぎて心臓に悪い。
 一歩間違えたら心筋梗塞にでもなりそうな気さえするし。
「あー! 騒がしい思たらやっぱり貴明やー♪」
 玄関での騒ぎに気づいたか、珊瑚ちゃんがやってきた。
「やぁ珊瑚ちゃん。お邪魔します」
「そんな堅苦しくせんでもえぇよ。うちらはいつでも歓迎やー」
「マ、ママ……」
 珊瑚ちゃんの登場にシルファは相変わらず緊張の色を見せている。
 それに、珊瑚ちゃんは臆することも無く接してくる。
「しっちゃんもいらっしゃい。貴明のところで元気にやってるみたいやなー」
「うん……。らめなご主人様のお世話は大変れす」
 シルファも俺と一緒に珊瑚ちゃんに関わるようになって、大分変わったと思う。
 これなら、珊瑚ちゃんを怖がることも無くなるだろう。
「大変ならいつでもあたしが変わってあげるわよー?」
「それはお断りれす」
「うちも変わってもえぇよー」
「さんちゃんは……ねぇ、ダーリン」
「うん。気持ちだけ貰っておくよ……」
 家が大変なことになりそうなのは容易に想像できるし。

 玄関での喋り声が聞こえていたのか、イルファさんがキッチンから顔を覗かせてくる、
「ほらミルファちゃん。貴明さんを玄関に立たせたままにしちゃダメでしょ?
 リビングにお通しして」
「えー。ダーリンはあたしの部屋に行きたいって言ってるよー?」
「言って無いです……」
「そういえばなー。新作のゲーム買ったんやけど難しいねん。一緒にやろー?」
「それはシルファに任せようかな」
「む! むむむむむむむ無理れすよ! あんな怖いのれきないれす!」
 そういえば、前に来たときに珊瑚ちゃんにやらされて、瑠璃ちゃんと一緒にギャー
ギャー騒いでたっけ。
「とりあえず、みんなリビングに行こうね」
「えー!」
「ぷぷぷ。所詮ミルミルはその程度って事れすよ」
「ぬぁんですってぇ〜!!」
 あぁ……早く座りたいなぁ。

 

「やぁ、瑠璃ちゃん。お邪魔します」
「…………」
 リビングで洗濯物を片付けていた瑠璃ちゃんに挨拶をすると、彼女は怒っている……と
言うよりも、呆れた顔を見せてきた。
「しかしまぁ、玄関でよぉあんなに喋れるなぁ」
「俺としては早く入ってきたかったんだけどね……」
「貴明が来ると、ホンマにこの家も騒がしくなるわ」
「ははは……面目ないです」
 確かにそうだろうから否定は出来ない。
 そういえば、俺が居ないこの家ってどんな生活が刻まれてるんだろう。
 想像するだけでも瑠璃ちゃんの心労は絶えなさそうだけど。
「で、今日もタダメシ食らいにきたん?」
「うん。瑠璃ちゃんのご飯は美味しいからね」
「そか……。まぁ不味い言うたら張っ倒すから当然やな」
 そう言うと、瑠璃ちゃんは早々に洗濯物を持ってリビングから出て行ってしまった。

「ねぇねぇダーリン、あたしのご飯は美味しい?」
 何かにつけて俺にくっついてくるミルファは、遊びたがりな猫みたいで可愛いと言うの
が正直なところだ。
 でも、その密着度は色々と……精神衛生上よろしくない。
 それにも慣れたもんだけどね。
「前に比べれば格段に」
「ぶー。前にって言うのがちょっと引っかかるけど、まぁ良いや。
 ダーリンが来てくれたし、今日も頑張って作るね」
「また中華? それとも和食?」
「ダーリンが食べたいものなら何でも作るよー」
「みっちゃん、レパートリー増やすんだって練習してるもんなー」
 結局、シルファを無理矢理に近い形で引きずり込んでゲームをしている珊瑚ちゃんから、
思わぬ情報が入ってきた。
 ちなみに、シルファは目を白黒させながらコントローラーを握っている「だけ」だ。
「へぇ、凄いじゃないか」
「もう、さんちゃん言っちゃダメだよー。
 陰でこっそりと練習してるのが格好良いのにー」
「瑠璃ちゃんに怒られてばっかりやもんなー」
「そりゃキツそうだ」
 イルファさんよりも料理に関しては上手いし、その分厳しくもあるだろうしな。
「その分上手くなったもん! ダーリンも楽しみにしててねー」
「勿論」
 しかし……こりゃ夕飯の量が凄い事になる事は覚悟しておかないとダメだろうな。
 帰り道に肉まんを食べたのは間違いだったか。


「あら、瑠璃様どうしたんですか? 今日は私の担当のはずでしたのに」
「た、貴明が来てるなら作るの大変やろうしな」
「そんな事言って、ご機嫌じゃないですか」
「い、いらん事言わんでえぇ!!」
「そうですか。それじゃあ、二人の愛の共同作業を始めましょうか♪」
「愛の、って何や! 愛のってー!!」
「じゃあ、二人に前菜任せるからメインは任せてねー!!」
「まだまだひよっこのミルファが要らん事言うなー!!」
「ダーリンへの愛情は超一流だもん!」
「あら、それなら負けるつもりはありませんよ」
「上等や……。誰が一番か白黒つけたるー!!」


「珊瑚ちゃん……。胃薬の用意をお願いできるかな」
「せやなー。三人ともえらい張り切ってるみたいやもんなー」
 キッチンから聞こえてくる恥ずかしい言葉の応酬と、過去の経験則からして
珊瑚ちゃんも分かってくれているらしい。
 本当、胃が裂ける事も辞さない覚悟で居ないとダメだな。

 シルファがあまりの怖さについにダウンし、変わりに俺が珊瑚ちゃんとゲームを
している間、珊瑚ちゃんは画面を見ながら話しかけてくる。
「なぁ、貴明」
「何?」
「今日、泊まって行くん?」
「そうだなぁ……」
 外を見ると、空は黒く塗りつぶされ始めている。
 泊まりに関してはシルファがネックになる場合も多いけど、今日は居るし……。
「それも良いかもね」
「ほんまー!? 貴明が泊まるの久々やなぁ〜♪」
「でも、寝るのは俺一人……」
「それじゃあ、今日はみんなでここに寝よかー! ここなら6人で州の字になっても
 余裕あるから平気やもんなー」
 相変わらず人の話を聞かない子だね……。しかしなるほど……州の字ね。うまい事を言
うもんだ。
「寝る場所でまた一騒動になりそうだけど……」
「それもまた楽しくてえぇやん♪」
「まぁね」
 結局、今日は極々普通の放課後じゃ無くなったけど、それもまた、良しか。



 
 



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