「さぁ、稟。今日も頑張って行こうじゃないか」
「俺はさっさと帰りたいんだが?」
「全くこれだから……。稟のその俺様ほどではないにしても整った顔は沢山のお嬢さん方に
対して有意義に使わないとダメだって事がいい加減分からないかなぁ」
放課後の木漏れ日通り。無理矢理に拉致されて俺は樹と共にここに立っていた。
色々かこつけてナンパをしたいらしく、相変わらずの良く分からん理論が炸裂する。
ここで魔王のおじさんでも居れば納得するだろうけど、生憎俺はそんな感性は持ち
合わせて居ない。
「俺としてはネリネ達が悲しむようなことをしたくは無いんだが」
「あー、まぁ確かに。ネリネちゃん達特A級の子達が居れば稟としては満足なのかも
しれないね。しかぁ〜〜〜〜〜し!!! 毎日毎日羨ましい位な状態なんだから少しは
親友に付き合ってくれるのも良いんじゃないかい?」
「それを言うなら悪友と言ってくれ」
俺の人生の中でこいつと一緒に居てプラスに作用した出来事など両手で数えられるかも
しれないな。
「お、早速俺様の嗅覚をくすぐる美少女発見」
「頼むから一度お前の嗅覚を調べさせてくれ。世の中の為に」
「俺様の為に丁重にお断りするね」
俺の視界に入ってないところで樹は反応したらしく、スキップ気分で人ごみの中に
入っていった。
「やぁ、稟ちゃん」
「あ、魔王のおじさん」
樹の行った方向を何となく眺め、諦めて戻ってくるのを待っていると後ろから俺の事を
呼ぶ声がした。
「稟ちゃん……いい加減私のことをパパって呼んでくれないのかい? あんな事から
こんな事まで親子の契りを交わした仲だと言うのにっ!!!!」
「頼みますからしがみ付かないで下さい……公衆の面前ですよ」
一世界を統べる王が一人の人間に泣きながらしがみ付く……どんな宗教画家でも
描くことが出来なかった絵だろう。
とりあえず男に抱き疲れる趣味は無いから離れて欲しいんだけどこの人って本当に
力が強い……どうにかならんものか、と思ってたところに救いの手が差し伸べられた。
「もう、パパってば稟くんが嫌がってるよ? 離してあげなきゃ」
「だってママ、稟ちゃんが私のことをパパって呼んでくれな……」
「はいはい、だからって稟くんに迷惑かけちゃメッ、だぞ?」
「う〜ん……わかったよ、ママ」
彼女の子供をあやすような説得によって魔王のおじさんはやっと離れてくれた。しかし
現時点でも周りの視線が妙に痛い。まぁどこかのモデルよりも綺麗な男女のカップルが
居るんだから視線も否が応にも集まるってものだろうけど。
特に魔王のおじさんのとなりに居る方はこれで一時の母とは思えるわけが無いほどに
若々しく、美しいわけで。胸の辺りなど反則と言っても何も差支えが無い。麻弓にとっては
核兵器並みの破壊力があるだろう。
亜麻さん並の不思議に認定しても良いと思う。実際ほぼ同い年みたいらしい。
それを聞いて実際に見た人みんな一瞬フリーズしてたし。
「ありがとうございます、アイさん」
「気にしないで。稟ちゃんに迷惑かけちゃったパパがいけないんだから。そういえば稟くんは
こんなところに一人でどうしたの? お買い物?」
「まぁ樹につき合わされまして……いい加減帰ってやろうか迷ってたところです」
「そうなんだぁ。それじゃあ今からうちに来る? パパ特製のマドレーヌとネリネちゃんが
稟ちゃんの事を待ってるよ?」
「それは魅力的ですね」
ネリネ邸の前を通るたびにしょっちゅう匂ってくる甘い香り。一部では「お菓子御殿」と
呼ばれる位に良い匂いをさせてる事が多い。実際に魔王のおじさんが作るお菓子は絶品で
ついつい引き寄せられてしまう要因である事は間違いない。
けれど今日は既に先約があった俺は苦渋の決断をせざるを得なかった。
「けど今日は楓に早く帰ってきてくれって言われてるもんで、すみません」
「なんだぁ、残念。じゃあまた今度是非きてね?」
「えぇ、喜んで」
「来る時を決めておいてくれれば私は何時も以上に頑張って美味しいお菓子を作って
おこうじゃないか」
「あ、じゃあパパは何時も頑張って無かったのかな?」
「そ、それは言葉のあやって奴でね、ママ……」
いじけた振りをするアイさんと、必死に取り繕う魔王のおじさん。
確かにネリネが呆れるほどのバカップルだ。
「ほぼぅ!!!!!!!!!!!」
どっかの色情魔の事を忘れて談笑していたところ、後ろの方から破壊音、炸裂音がした。
どっかで聞いた断末魔と、それが激突した衝突音と土煙。
どうやら手を出してはいけないところに手を出してしまったらしい。
「あー、どっかのバカのナンパも終わったみたいですからここで失礼しますね」
「うん、それじゃあまたね」
「稟ちゃん今度こそパパって呼んでおくれよー」
そう呼んだら収拾が付かなくなりそうなのでお断りします。
心の中でそうつぶやきながら俺は事故現場へと向かった。
「樹ー。大丈夫かー」
「あんまり大丈夫じゃないかもしれないね……これは」
確かに岩をも砕くキックを食らったかの様な現場は思わず目を逸らしたくなるような
惨状と化していた。
これで死んでないこいつの耐久力はどこか別の分野で有効活用したほうが良いと思う。
「いや、つい見知った姿があったと思って肩を抱いて近づいたらいきなりこれだよ。
まぁあの姿は俺の思い過ごしだと思うんだけど……」
「何わけ分からんこと言ってるんだ。ほら、さっさと帰るぞ」
「稟……俺の思い過ごしじゃなければ覚悟しておいた方が良いと思うよ」
「はいはい。わかったわかった」
こいつの言う事は時々的を得過ぎてる時があるから怖いが、ともかくご近所の迷惑に
ならないように廃棄物をゴミ箱に捨ててから俺は家路に着いた。
茜色から紺色へと空の色が移り変わる中、家についた所で家の前に人が居るのが分かった。
遠目から見ても分かる独特の服装。街灯に照らされて綺麗に光る黒髪。特徴的な魔族特有の
長い耳。そして両手に持っている大きなバッグ二つ。
どことなくその後姿に見覚えがある。けどあれから実際の年月で20年経ってるわけだから
たぶん気のせい……けど現時点で魔界と人間界は行き来できるわけで……。
そんな事を色々と脳内でめぐらせながら俺は家の前で佇んでいる女性に声をかけた。
「あのー、うちに何か御用ですか?」
「あ、稟……さま?」
「えっと……もしかしてセージ?」
「はいっ! きちゃいました!」
あの頃から比べて顔は大人っぽく、髪も伸びてはいるけれどその意思のはっきりとした
赤い瞳、そして20年経ってもさっぱりな胸。確かにセージだ。
俺の中ではたった数日前の出来事でもセージにとっては20年近く。
そんな時間を経ても着てくれた事に俺の胸は嬉しさでジーンときてしまっていた。
「稟さま……」
セージは足元にその体に不釣合いの大きさのバッグを置くと俺に抱きついてきた。
成長したとはいえ俺よりは断然小さいその体。けれどその温もりは全く変わってなくて、
靡いた髪から香ってくるその匂いも懐かしくて、それが嬉しかった。
「稟さま、あの時と全く変わってません。あったかくて、おっきくて……」
「セージも変わってないじゃないか」
「もぅ、ちゃんと成長したんですよ! その……胸はあんまりおっきくなってないですけど。
それに稟さまの年から考えたら私なんて全然おばちゃんじゃないですか……だから本当は
来るのやめようって何度も考えたんですよ。けど……気づいたら荷造りしてこっちに来て
ました」
何て男の心をくすぐることを言ってくれるんでしょうか、この人は。
それにこの見た感じでもあの頃となんら遜色の無い若さを保っておきながらこの人は
何を言ってるんでしょう。魔族は何か感覚が人族と違うんだろうか。
「ありがとう、セージ。嬉しいよ」
「稟さまにそう言ってもらえたのなら来た甲斐がありました♪」
うん、その笑顔も反則技です。
つい笑顔に反応してセージを抱きしめる力を少し強める。それに反応したのかセージも
同じように返してくれた。
セージとの再会に心を喜び打ち震わせていると家の玄関のドアが開いた。
そこからひょこっと楓が顔を出してくる。
「あの、稟くん? お客様です……」
バタッ
「か、楓!?」
「楓、気絶した……」
「え? あ……きゃあっ!?」
樹、お前が予見していた事ってこれだったのか……。
「すみません、こんな時間におしかけちゃいまして……」
「いいえ、稟くんのお客様なら大歓迎ですから」
「稟……誰?」
俺と見知らぬ女性が抱き合ってるなんてシーンを見たもんだから楓が気絶したのも
無理は無いかもしれない。
一先ずセージには家に上がってもらい、楓が目を覚ました時点で状況説明と相成った。
「彼女はセージ。魔王のおじさんの自宅……っていうか魔界での自宅のメイド……で
良いのかな?」
セージに確認の視線を送ると、彼女は何時もの元気一杯名笑顔で明瞭に
「魔王様付きのメイドでしたら辞めちゃいました♪」
ゴンッ
「り、稟くん大丈夫ですか!?」
「稟、良い反応」
「お褒めの言葉をありがとう、プリムラ」
思わず机にたたきつけた額を擦りながら元の体勢に戻るともう一度セージに視線をやった。
「本当ですよ? バークさんは相変わらず元気に……というか元気すぎる位に元気にやって
ますけど、私は新しい目的が出来たので辞めさせて貰っちゃいました」
「新しい目的って言っても誰かのお世話をするのがセージの生き甲斐なんだろ? 誰か
新しい人……」
ここで俺の血の気はひいていたと思う。
なぜなら自分で自分の問いに対する答えに気づいてしまったのだから。
「えっと……稟さまがよろしければ稟さまのお世話をさせていただければなぁ……って」
「楓、また気絶」
「楓、大丈夫か」
「は、はい……」
再び気絶した楓も色々とダメージが大きいらしく少しふらついてる気がしなくもない。
「えっと、稟さまはお二人とはどのようなご関係で……」
「そういえばセージに説明したこと無かったな。こっちは芙蓉楓。この家の主人である
幹夫おじさんの娘さん。で、今はそのおじさんが居ないから家の持ち主。で、俺の幼馴染兼…」
「こ、恋人です!!」
楓さん、声が上ずってます。
「稟、こっちも気絶」
「は、話が進まない……」
「セージ、大丈夫か?」
「す、すみません。行き成りの出来事だったものでつい……」
「ま、まぁそう言う事だ。で、こっちがプリムラ。色々あってうちで暮らしてる。うちの
もう一人の家族、だな」
「プリムラ……よろしく」
「セージです。楓さまとプリムラさまですね。よろしくお願いします」
「そんな、様なんて付けなくて良いですよ」
少なくともこんな年齢でさまをつけられるなんて経験は滅多に無い。楓は少々困り顔で
そう返すもセージは凄い剣幕で答えてきた。
「そんなわけにはいきません! 稟さまのご家族となればさまをつけないわけにはいきません!」
「まぁ、さま付けられると気恥ずかしいってのは確かにあるもんな」
「黒玉さま……白玉さま……」
何故か様付けを気に入ってるプリムラは置いておくとして、こっちじゃ主従関係は無い
わけだしどうにかしないとな。
「そうだ。俺に様をつけるから楓達にも様つけるんだろ?」
「ま、まぁそうですけど」
「なら俺にも様つけなきゃいいだけじゃないか? 別に今は魔王のおじさんの客でも無いし、
主従関係でもないんだからさ。気軽に呼び捨てで良いよ」
「呼び捨てですか? 稟……」
ぼそっと俺の名前を呟いた途端、セージの顔は耳の先まで真っ赤になってしまった。
「だ! ダメ! ダメです! こんなの恥ずかしすぎます!!」
顔と両手をブンブンと左右に振って恥ずかしさを振り切ろうとするセージ。何故か俺の
横では楓がセージ同様に顔を真っ赤にしていた。
「いや、けどだからって様付けは……」
「私が仕えるって決めたんですから様付けで良いんです! そう今決めました!」
「んな無茶苦茶な……」
しかしこれ以上突っ込むと恥ずかしさを誤魔化すためにサンダーキックが飛んでくるとも
限らない。これは少しずつ改善させていくしかないんだろうか。
「じゃ、じゃあ今はとりあえずそういう事で」
「はい!」
やっと自分の意見が受け入れられたセージは実に満足そうに見える。
本人がそれで良いって言うならそれで良い……のかな。
「楓……お腹空いた」
気づいたら時刻は8時をとうに回っていた。何時もの夕飯の時間から比べれば明らかに
遅い。いきなりの来訪者だから仕方ないというのはあったがプリムラの胃は実に正直だ。
「そういえば夕飯まだでしたね。暖めるだけですから少し待っててくださいね。
こんな時間ですし、セージさんも食べていかれますよね?」
「そういえば荷物持ってきてたけどセージってこっちで住む場所決めてるのか? 魔王の
おじさんの所とか?」
それを質問するとセージは恥ずかしそうに俯いて、想定内の返答を聞かせてくれた。
「えっと……気づいたら着てしまっていたので生憎住む場所も決まってなくて……」
「なんて行き当たりばったりな……」
「だ、だってぇ。稟さまに会えると思って……それだけで……」
膝の上で手を所在無げにモジモジさせながらそう返答してきたセージ。
う、反論が出来ない台詞を吐いた上に上目遣いで見てくるとは随分と卑怯じゃないですか。
こんなので反論できる人間なんか居るわけが無い。樹なら即お持ち帰りコースだろう。
「楓、とりあえず後で客間用意しておいてもらえるか?」
「はい、わかりました」
自分で用意できればいいんだがきっと徒労に終わるし、何より楓が許してくれないだろう。
笑顔で了承してくれた楓に感謝。
楓の了承を得た時点で改めてセージの方を見ると驚く表情の彼女が居た。
「り、稟さま!?」
「残念ながらうちはあのお屋敷ほど大きくないですけど客間位はありますから。今後は
どうするか別としても今日は泊まっていって下さい。とりあえず泊まるところが決まって
ない人を街に放り投げるほど俺は人でなしじゃないんで」
彼女ならきっと断ってくる。それを見越しての言い包め。たぶんここまで言っておけば
断れるわけが無いだろう。
「わかりました。大人しくご好意に甘えさせていただきます」
「甘えてください。それじゃあ楓の美味しい夕飯でも食べようか。な、プリムラ」
と、プリムラの居た方を振り向くと彼女の姿は既に無く、準備万端と言った表情で
テーブルで待っていた。
本当に食事の事になると抜け目が無いんだからな、あいつは。
「それじゃあセージも一緒に食べましょうか」
「でもメイドがご主人様と一緒に食事なんてダメ……」
案の定の答え。
「こっちじゃみんなで一緒に食卓を囲むのが普通なんです。それにみんなで食べた方が
美味しいですよ。楓の料理は絶品なんですから」
「稟くんにそう言って貰えると嬉しいです。セージさんの分もありますからどうぞ」
楓、ナイスフォロー。こういう阿吽の呼吸は幼馴染だからこそ出来る業だろうか。
俺と楓の言葉にセージは観念したらしく、一息ため息を吐くと
「そんなに言われちゃ断れるわけ無いじゃないですか。郷に入りては郷に従え。従わぬなら
屈服させろ、ですもんね。それではご一緒させていただきます」
「魔界では間違ったことわざを覚えるのがブームなんですか……」
とにかく納得してくれたセージとの夕飯。
楓の料理の腕に驚くセージ。プリムラの食欲に驚くセージ。何時もと違うメンバーでの
夕飯はまた料理を美味しくさせてくれた気がした。