「稟ちゃん! 可愛いメイドさんを拉致監禁してるって本当!?」
一時限目の休み時間、早々に噂を嗅ぎつけてきた混乱の原因の一人がやってきた。
とりあえず大きな声でそんな事を言うのを止めて貰いたいと言うのが本音だ。
「拉致監禁なんて俺が樹みたいな事をすると思います?」
「まぁ、稟ちゃんの場合稟ちゃん自身が餌になって他の子を引き付けそうだし」
「俺はどんな扱いなんですか……」
「特A級美少女捕獲機、っていうのが妥当じゃないかな」
俺たちの会話を聞きつけてか、また樹がやってきた。しかも随分と人の事を悪く言って
くれるものだ。
尤も、樹が人を褒める事自体が珍しいという事を麻弓が言ってたけど。
しかも亜沙先輩はそんな樹の言葉も
「うーん、確かにそうかも」
肯定をしてくる始末。
俺ってばそんな風に見られてたんだろうか……少しショック。
「稟さんの良さを知ればみなさん惹かれるのは当然の事ですわ。ね、亜沙ちゃん」
「そこで何で私を引き合いに出すのよ!?」
「あら、それは亜沙ちゃんが一番良く分かってると思いますけど?」
亜沙先輩の暴走にカレハ先輩が上手く調整をかける。逆もまた然り。この二人のバランスは
実に良く出来ているとたびたび感心させられる。
まぁそのカレハ先輩の言葉には俺もビクビクさせられてるのが実情だけれどこれは
騒ぎが広まる事に対しての代償だと思って割り切るしかないのだろう。
何とか亜沙先輩の暴走も止まった所で俺は亜沙先輩にも実際のところの説明をした。
「元々魔王のおじさんの魔界の方の家を預かってたメイドさんなんだけどさ、こっちに
来たみたいで泊まるところも決めてなかったようなんで家に泊めてあげてるだけです」
「ふーん。でさ、稟ちゃん魔界なんて行った事無いんでしょ? 何でまたそのメイドさんと
お知り合いなわけ?」
……しまった。一番肝心な部分をはぐらかすのを忘れてた。
麻弓の大ポカによって20年前の魔界に飛ばされ、挙句の果てに歴史の改編をしてしまった
などと言えるはずがない。
俺がどうしようか数秒間考えていると亜沙先輩が呆れたような表情で
「まぁどうせ稟ちゃんの事だからどっかで人助けでもしてたんだろうけど。そう言った
所に関しては稟ちゃんす〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んごくマメだもんねぇ」
「ま、まぁそんな所です」
幸か不幸か俺の事を良く分かってらっしゃる亜沙先輩が自己完結してくれたようで
助かった。
「鶴の恩返しならぬメイドの恩返し、ですわね。稟さまに助けられたメイドさんは夜に
なると稟さんへ恩返しをするために……まぁ♪」
まずい。
今の話を聞いていたカレハ先輩のスイッチが入りかかっている。時計に目をやると
時間的余裕はあまりない。ここでもし暴走でもされたら対処する間に先生が着かねない。
しかも最悪な事に次の授業は紅女史だ。タイヤを引いての校庭20週やら一階から屋上までの
階段うさぎ跳びやら肉体的ダメージが大きいものをさせられかねない。しかも恐らくは
俺一人で。
咄嗟に亜沙先輩に視線をやるとどうやら分かってくれたらしい。
「ほらカレハ。次の授業始まっちゃうからもう行くわよ」
「あら、そうですわね。それでは稟さんにみなさん。ごきげんよう」
「ははは、また……」
早めの処置だったおかげか特に問題なく正気に戻ってくれたカレハ先輩は亜沙先輩と
自分の教室へと帰っていった。
「それじゃあここまで。今日のところはテストに出すからちゃんと復習しておけよ。
特に麻弓。」
「が、頑張ってはいるのですが……」
「……根性だ。以上!!」
さすがの紅女史も麻弓の脳の許容量の哀しさは分かっているらしく、悲痛な彼女の
表情に励ましようも無かったようだ。
「ねぇねぇ、稟」
教科書を片付けてる時にネリネが声をかけてきた。朝の時の表情とは打って変わって
自信に満ち溢れた表情だ。
……まさか記憶を消す魔法を習得したとかじゃなかろうな。
表情には不安の色を出さないように注意しながら俺は彼女の話を聞く事にした。
「なんだ?」
「えっとね、これをずっとみててね?」
俺の前に現れたのは五円玉。穴には紐が通してあり、その先端はネリネの指が摘んで
いる。
……これは魔法に必要な儀式なんだろうか。
疑問に思いつつも彼女の言うとおりに五円玉へと視線を移した。
するとその五円玉が左右にゆれ始めた。
「あなたはあたしの小さい頃の話を忘れる〜。あなたはあたしの小さい頃の話を忘れる〜」
「……」
「ね、ねぇカエちゃん。リンちゃん何してるの?」
「どうやら私たちが知ってしまったあの事に関して忘れて欲しいらしくて、本当に魔法を
使いそうだったので私が咄嗟にあれを教えたんですけど……」
「あんな単純な催眠術、効くわけないわよねぇ」
「まぁ稟は結構単純な部分があるからね。意外と効くかもしれないよ」
「稟くん結構真剣に見てるね」
「土見くんって結構単純なのね……」
ネリネは真剣な声で俺に暗示をかけてくる。
目の前では五円玉が揺れている。
この手の催眠術なんて小学生時代でもやらなかったようなインチキなもんだ。普通に
考えたら効くはずがない事位誰でもわかる。
まぁ魔界ではこんな常識ないから分からないかもしれないが魔法の方が明らかに
効果があるくらいわかるだろう。そこまで必死だったのか……。
しかし俺にとってはこのネリネの必死さ以上に気になることがあった。
五円玉の先にある光景。
座っている俺に催眠術をかけようとしているネリネは少し屈んだ状態で俺の前に居る。
ちょうど視線をまっすぐにやると胸元が良く見える。
つまりは彼女の絶対無二な利点であるその豊満な胸の谷間が実に良い位置で見えるのだ。
失礼ながらこれは見ておかないと後々後悔する気がしてならなかった。
「……ふぅ。これで良い筈……。ねぇ、稟。あたしの小さい頃の事で何か知ってる事
ある?」
「小さい頃の事か? うーんと……」
「……」
ネリネが期待した表情でこちらを見てきている。
しかし俺は正直に生きたかった。
「アイさんに怖い話を聞かされて怖くなった夜、トイレに行きたくなって一人で廊下に
出たは良いけどビクビクしながら歩いていたら夜の見回りをしてたバークに驚いてその
場でついおもらしをしてしまい、次の日に『バークなんかきらい!!』って言ってバークを
3週間ほど鬱状態にさせた事とか?」
「わーん!! 全然効いてない上に更に知ってるしー!!」
すまん、ネリネ。しかしそんなお前も可愛いぞ、と心の中で俺はフォローを入れておいた。
放課後。セージの件を知った為か、珍しくみんなが荷物をまとめた状態で俺の所へと
集まっていた。
「楓、食材とか大丈夫か?」
「はい。何時宴会をする事になっても問題ないように揃えてありますから」
俺以上に両隣に対しての対応が出来ているパーフェクト幼馴染に感心。
セージを一人にしておくのも可哀想なので大して荷物が入ってないカバンを持ち、
俺は席を立った。
「ただいまー」
「あ、稟くんおかえり〜」
予想していない声に俺はつい玄関を見回してしまった。もしや入り口までは俺の家
だったのが空間でも捻じ曲げられてネリネの家にでもなったのかと思ったのだが、確かに
俺の家の玄関で間違いない。
なら何故アイさんが出てくるのだろう。
「た、ただいまです。あの、セージは?」
「セージちゃんならパパと神王様の相手してるよ。今日はセージさんの歓迎パーティー
だって言って朝から……。あ、楓さんごめんなさいね。勝手にお台所使わせて貰って」
「いえ、稟くんが宴会になるだろうからって準備するつもりでしたから問題ないですよ」
どうやらセージは既に騒動の元凶の生贄になってしまったみたいだ。
ざっと考えても5時間は酒飲みの二人……目の前で既に顔が赤らんでるアイさん含めると
三人か、その相手をさせられてると言う事は。
とりあえず確認はしたくないものの状況を把握するために俺はリビングを覗き込んだ。
「セージ。帰った……」
リビングに転がる無数の酒瓶の山々。
恐らくはとんでもないするような豪華な空瓶も見受けられる。
「おっ! 稟殿帰ってきたか! 先にやらせてもらってるぜ!!」
「稟ちゃんも早く来ると良い。今日はセージが来た記念に二十年物のビンテージを色々と
集めてみたんだけどどれも良い出来でねぇ〜」
やっぱり既に出来上がってる二人の酔っ払い。
昼間からこんな事してるとは随分と良いご身分だ。まぁ実際に良い身分だから仕方ない
けど。
「とりあえずセージは何処です? 主役が居ないんじゃどうにもならないでしょ。まさか
セージに料理作らせたとか言いませんよね?」
「お昼とかは自分が作るって聞かなかったからセージに作ってもらったけど私達もそこまで
鬼じゃないよ。それとセージは今お昼寝中だ。どうやら昨日の夜は殆ど寝てなかったみたい
だからねぇ」
「稟殿も中々やるようになったな! さすが俺が見込んだ男だけあるぜ!!」
とりあえず煩い馬鹿親はほおっておいて、ソファーで眠っているセージを見ると顔を
真っ赤にした状態ですやすやと寝ていた。
恐らくは寝不足のところにお酒を入れられてダウンしたんだろう。
すまん、セージ……俺が事前策をとらなかったばっかりに……。
「とりあえずみんなも着ましたから一度片付けてください。それとセージをそこに寝かせて
おくわけにもいきませんから部屋に連れて行きますね」
「頼むよ稟ちゃん。生憎セージが何処で寝ているか知らなかったものだから私達も動かし
様が無くて困ってたんだ」
困った様な表情を見せているものの、この人の本心はやはりイマイチ分からない。
確かに他人の家なのだから何処に寝てるかとか分かるわけ無いから本当の事ではある
だろうけど
「あ、そうそう。もちろん運ぶ時はお姫様抱っこが人間界のマナーなんだろ?」
こう言う事を言うもんだからわざとかと勘ぐってしまう訳だ。
「ね、ねぇ稟。今度あたしにもしてくれる?」
「機会があったらな……」
後ろでウキウキした声を出して俺にお願いをしてくるネリネ。
相手をし続けてると俺が倒れかねない。とりあえずセージを抱えてやるとその成長
したとは思えない軽さに少々驚いた。
こうしてみると本当にお人形さんみたいだ。
「とりあえずみんなはリビングでくつろいでて。おじさん達はさっさと片付けてくださいね」
「お、おうよ」
「最近稟ちゃんが冷たくて少し哀しいよ、ママ」
「多分反抗期だと思うから大丈夫だよ。それにそうなるって事は私たちを家族って思って
くれてるんじゃないかな?」
「そ、そうか! 稟ちゃん! ついに私をパパと呼ぶ決意をしてくれたんだね!!」
「良いから片付けてください、魔王さま」
「稟ちゃん酷い……」
あなたたちのブレーキをへし折ったかのような暴走の方がよっぽど酷いです。
セージを客間へと連れて行くと、そこには綺麗に畳まれた布団があった。
この手のベッドメイク、というか片付けはしたことが無いだろうに部屋の隅に綺麗に
畳まれた布団を見ると実に彼女らしさが漂ってくる気がする。
一先ず彼女を床に下ろしてから布団を敷き、布団へと移してやる。
メイド服を着させたままだと皺になってしまうけど俺が脱がせるわけにもいかない。
とりあえず布団をかけてやろうとしたところで彼女が目を覚ましたらしく体をもぞもぞと
動かし始めた。
「うぅん……」
「お、セージ起きたか?」
「稟……さま?」
「あの人たちの相手お疲れ様。とりあえず寝てて良いから……」
「稟さまぁ……」
寝起きなのかはたまたまだ酔っているのか、セージはトロンとした目つきで俺を見つめ
ながら俺の首へと腕を巻きつけてきた。
お酒臭さも若干感じるものの、すぐ近くに居るセージはあの頃から変わらない良い匂いを
漂わせている。
「セージ? どうした?」
「もう……我慢できません……20年間も待ってたんですから……」
彼女の息遣いが段々と荒くなる。
ネリネから聞いた話だとセージは浮ついた話など全く無く、自分達の世話をしてくれて
いたと言う事だった。
つまりは俺が帰ってから彼女はずっと一人身だったと言う事だ。
ずっと我慢してたのだろう。
しかも俺を想って。自分でそういうのも恥ずかしいが彼女がそう言っていたのだから
仕方が無い。
しかし随分とキツイ罰ゲームだ。だがやっとそれからも開放された彼女の想いは
止めようが無かったんだと思う。
俺と閉鎖された空間で二人きりの状態。彼女の想いも良く分かる。
俺はその彼女の言葉に返すように彼女の胸元のリボンを解いた。