住宅街の昼間というのはひどく閑静なもので、確かにこの静けさならワイドショーなん
かで空き巣に注意とかいってるのが納得できるというものだ。
 そんな中で異様な雰囲気を醸し出している洋館がひとつ。
 その洋館の家が建つのではないかと思えるほどの広さの庭を呆けた表情で立ち尽くす一
人のメイド。
 手には箒が一応握られているものの、その機能は果たしているとは言えない。
 何時もの稟々しいとも言える明朗快活な姿からは想像出来ないまでに気の抜けている彼
女に一人の女性が近づいていく。
 その物腰だけでも良い所の出である事が分かる女性はそれを見た誰しもを魅了しかねな
い笑顔を見せながら彼女は呆けたメイドを呼ぶ。

「セージさん?」
「……」
 セージの視線は宙を彷徨っている。
「セージさ〜ん」
「……」
 二度目の呼びかけも右から左へ受け流されている感じだ。
「セージさん!」
「はっ、はいぃ!?」
 三度目の少々強い口調での呼びかけにようやく彼女は反応を示した。
「どうしたの? ずーっとぼんやりしてたみたいだけど体調でも悪い? もしかして風邪
でも引いちゃった?」
「い、いいえ、全然元気ですよ!」
「そう? それだとセージさんがぼんやりとしてた理由が分からないんだけどな」
 微笑を一切変えることなくセージをじょじょに追い詰めるアイはどこか楽しそうにも見
える。
「ちょ、ちょっと寝不足なだけですよぉ……」
「それって稟くんに朝まで愛してもらえたから?」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 徐々に追い詰めていくはずが一気に核心を突く発言にセージも面を食らったのか顔を
一気に沸騰させて真っ赤にした。
「違うの? じゃあ稟くんと喧嘩でもした?」
「そっ、そんなわけないじゃないですか! 私が稟さまに愛想尽かされることはあって
も私が稟さまに愛想を尽かすなんて……」
「そこまで言ってないけど……そうだよね。あんなに長い間待ったんだもんね」
「は、はい……」
「それじゃあ何でぼーっとしてたの?」
「なんか信じられなくって」
 恥じらいを見せていたセージの顔に憂いが浮かぶ。
 人は幸せすぎるとその状況に疑念を抱くと言うが今の彼女がまさにそれだった。
 しかしそんな彼女を見てアイの表情は変わらない。
 まるで何もかもお見通しとでも言わんばかりの微笑みにセージも戸惑う。
「それなら特効薬知ってるから楽しみにしててね」
「はぁ……」
 自信満々なアイの言葉にセージはどう反応していいのかも分からず、生返事をするしか
なかった。

 

 今日は何時もよりも早く鬼ごっこを終える事が出来た。鬼ごっこなどと言うと生易しく
感じるから「リアル鬼ごっこ」とでも呼びたくなるが諸所の事情で止めておこう。
 大抵はネリネなりの攻撃魔法が学校の敷地内の一部を変形させて終了となるのだが最近
では上手い逃げ方も心得始めたあたり人間の適応能力は凄いもんだなと感心している。
 自分の体に感心しても仕方ないのだがまぁ良いだろう。
 ネリネとシアは用事があるという事で先に帰り、楓も料理クラブ。プリムラはそれに付
き合っているらしい。
 みんな何かの用事がかぶる事があるもんで、結局俺は走りすぎで突っ張った太ももを解
しながら帰宅する事にした。
 途中で商店街にでもよっても良かったんだがそんな気も起きず、帰宅部の本懐を全うす
るのだった。

 家まであと数十メートル。
 相変わらず立派なお隣さんを横目に家に向かっているところで俺の視界の先に見覚えの
ある姿を確認する事が出来た。
 相手もこっちに気づいたらしく、この状態で無視するわけにもいかないので俺はその日
本には似つかわしくない豪華な洋館の前へと向かった。
「アイさんにセージ。二人ともどうかしました?」
「うん、待ち人が来たからね。セージさんも身の入らない庭掃除も終えちゃって家に入ろ
う?」
「はい……お茶のご用意しますね」
 セージが掃除に身が入らないなんて珍しい事もあるんだな。
 アイさんにそう言われたセージも特に反論する事も無く、先に館へと入っていってしま
った。


「そういえば結局こっちでも魔王のおじさんの館で働く事にしたんですね」
「うん、私は平気だから好きなようにして良いって言ったんだけどご奉仕してないと死ん
じゃう人間なので任せてください、ってね」
 24時間ずっとあの館とネリネ一家の事をお世話して20年以上、そりゃいきなり暇が出来
たとしても対処に困るんだろうな。
 あの時だってちょっとした暇をもらっても困ってたんだから。
「そこんところは変わってないわけだ」
「そうだね。あの頃からセージさんずっと変わってない。けどね? こっちにきたセージ
さん見てると20年前のあの時からと比べてずっと元気そうなんだよ」
 部屋をノックして入ってきたセージの方を見つめるアイさんは安心した表情を見せてい
る。
「? アイ様どうかされましたか?」
「ううん。稟くんが来てからセージさんの動きが元に戻ったなぁって」
「何言ってるんですかアイ様!? そんなことないですよぉ! あたしは何時だって元気
ですってば! ってわわわっ!?」
 あからさまに動揺するセージの手の上でトレーに乗った食器が踊る。
 踊る食器を宥め様とセージが必死に動くたびに食器の動きは激しくなる。
「おっと。危ない」
 トレーから零れ落ちそうになる手前で何とかフォローに入った俺の手がトレーを支える
事が出来た。
 間一髪。多分この家にある物だからこれ一つでもかなりの値段がする事だろう。
 セージの失態にならなくて一安心。
「あ、あの……ありがとうございます……」
「どういたしまして」
「まぁ。稟くん王子様みたい」
 嫌なほどに満面の笑みを見せるアイさんの目には映画のワンシーンにでも見えているの
だろうか。
 自分の中で今の状況を第三者の視点で見たとして考えると確かにキザな状況になってい
る気がする。
 トレーとセージを支えてるから彼女を抱えるような格好になってしまっている。
 これは恥ずかしい。
「あの……あの……も、もう大丈夫ですから」
「そ、そうだな……」
 二人で顔を赤く染めて席に着く。
 何だか初めて彼女の親に顔合わせしてるような気分だ。


「で、わざわざ俺を待ってたなんて何か用なんですか?」
 セージの入れてくれた相変わらず旨い紅茶で何とか気を落ち着け、俺は事の本題へと切
り込む。アイさんはそれに対して待ってましたと言わんばかりの表情を見せてきた。
「うん。この前稟くんに借り作ったよね。だからお願い一つ聞いてもらおうかなって思っ
て」
 この前と言う言葉の時点であの時の事(※第4話参照)を思い出して背中に冷や汗が流
れるのを感じる。
 借りを作りたくない人に対して作ってしまったものを早々に使ってくれるのはありがた
いが何を言われるか怯える俺。隣ではセージが同じ事を思い出してたらしく真っ赤な顔を
白い陶磁器のカップで隠していた。
「何をお望みですか?」
 覚悟を決めた俺に対して彼女は実に嬉しそうに悩む仕草を見せる。
 悩む必要など無いだろうに……この人も結構子供っぽいな。
「セージさんがね、まだ稟くんと一緒に居られる事を信じられないみたいだからそれを実
感させてあげたいと思って。デートしてあげてくれるかな?」
 何とも予想外の要望がきたもんだ。
 アイさんの事だからネリネに関するお願いだろうと思ってたが、やはり長い間一緒にい
た事もあるし、ネリネとの事は安心してくれてるのだろう。
 彼女の要望に対し、何より驚いてるのがセージだった。
「ア、アイ様何お願いしてるんですかっ!?」
「えー? だってセージさんこのままだと自分からお願いしそうに無いし」
「そ、それはぁ」
 そこから先は何も言わないが否定をしない辺りがセージらしい。
 確かに自分の為に正直に行動するのが少し苦手なところを見せる彼女からデートの誘い
がくるとは確かに想像し難いものがある。
 アイさんとセージの押し問答が続く中、それを解決させる為に俺は口を開いた。
「そのお願いは聞きかねます」
「「え!?」」
 俺の言葉に二人は驚きながらこちらへと振り向いてきた。
 確かに人のお願いを断る事が殆ど無い俺が断るんだから驚くのも無理ないかもしれない。
 彼女たちがその理由を聞いてくる前に俺は話を続けた。
「それは元々俺がしようとしていた事ですから。俺がしようとしていた事と被っちゃお願
いの意味無いですよね」
「えぇと、と言う事は」
「今度の日曜日にでも、って思ってたんだけど良いかな?」
 俺からのデートの誘いがあると思ってなかったのかは分からないが、現状をイマイチ理
解しきれないセージは暫しの間固まった後に動き出した。
「全然良いです!」
 どうやらまだ頭の中の整理が出来ていないらしい。
「えーっと……」
「あっ、大丈夫って事ですよ!? 日曜日は暇です! というか稟さまの為になら暇じゃ
なくても暇にします!」
「そう。それは良かった。セージの事だからデートする暇も無いんじゃないかって少し心
配してたんだ」
 あの時だって無理矢理に魔王のおじさんが休暇を与えなかったら休んでなかっただろう
し、責任感が人一倍強いというのも色々問題があるもんだな。


「稟くんと一緒に居る為にこっちにわざわざ来たんだもの。ここで断る理由なんてないも
んね。けど稟くんって本当に相変わらずだよね」
「相変わらずって何がです?」
「だって、何も言わないで私のお願いって事にしておけば借りが無くなったのに、稟くん
ってば正直に言っちゃうんだもん」
「あー……確かに言われてみればそうですね」
 思い返すと確かにアイさんの言うとおりだ。
 貸しを作っておきたくない人なのに折角のチャンスを棒に振ったわけだ。特に考えなく
言ってしまう悪い癖を治さないとなとは思いつつも治らないのは性分なのだろうか。
「けどそれが稟さまの良い所なんですよ」
 自分のミスに苦笑しているとセージがフォローを入れてくれた。

 嬉しそうな中にもどこか懐かしげで悲しげな表情を見せる彼女は一体何を思い出してい
るんだろう。
 俺にまた会う為に20年間待ち、わざわざ人間界に来てくれた彼女のどこか曇った表情を
俺は晴らしてあげる事が出来るのだろうか。
 今考えてどうにかなる事では無い事位分かっているが考え込んでしまいそうになってい
る俺がそこには居た。
 そして考え込むと回りに心配される事が多い事も自分で重々承知している。
 ここで二人に心配されるのもまずいと思った俺はとりあえずこの場を後にする事にした。
「良い所だそうです。それじゃあお茶ご馳走様でした」
「あれ? もう帰っちゃうの?」
「えぇ。帰ってきて俺が居たらうるさくなりそうな人を知ってますから」
「パパにとって稟くんはお気に入りだからね。仕方ないかな。それじゃあまた来てね」
「是非。それじゃあセージ頑張ってな」
「はいっ!」
 俺の声にセージが返してくれた笑みは嘘なんかじゃなく本物だ。
 それを感じられただけでも俺の心の中のモヤモヤが少し晴れた気がした。

 

 この日の夜、セージはうちを出て暫くネリネの家に厄介になると言ってきた。
 一般家庭にお世話になるのも悪いと言うのが最大の理由だった。
 確かにこの家の生活費は楓のおじさんが一手に引き受けているから楽ではないだろう。
 俺自身厄介になってる身だから引き留める事も出来ないし何よりセージがこの環境に
慣れるのに魔王のおじさんの家は確かに理に適ってるともいえる。
 なんだかんだで隣なんだ。会えなくなるわけじゃないし悪い事は何も無い。
 楓も少し寂しそうだった。

 

 それからは変える途中で決まってその時間に庭掃除をしているセージと話すのが日課に
なっていた。
 そしてあっという間に日曜日はやってきた。

 

「あの……本当に変じゃないですか?」
「何度聞かれても答えは同じだよ。似合ってるって」
 待ち合わせに居たセージは何時もと違って人間界で売っている服を着ていた。
 ネリネと一緒に行き、勝手にコーディネートされたから服のチョイスが若々しすぎて
恥ずかしいというのが彼女の言い分だった。
 年齢詐称をしているとしか思えない外見をしていて何を言ってますか、とも言いたいが
言ったらどんな返しがくるか分からないから俺は言うのを止めておいた。
 とりあえず言える事はネリネのコーディネートはバッチリで良かったと言う事。
 活発なセージにミニスカートは些か色々と危険性を伴っている気がするが絶対領域を
見れただけでも俺は満足だ。
 ……何か言い方が樹みたいになってる気がするが気のせいだと思いたい。
「ほんとーに変じゃないですか?」
「これで聞いてくるの15回目。で、俺が返す言葉も同じで15回目」
 とりあえず駅前方面へと歩いている途中でした会話はこの押し問答だけだった。
 それだけ気になってるのだろうけど……ねぇ。
「だって……デートらしいデートなんて初めてで……」
「……マジですか」
 衝撃的な言葉だった。
「だって、働く年齢になってあのお屋敷で働いてからはずっとメイド三昧でしたから、
その、デートなんて全然さっぱりで」
 理由を聞くとなるほど確かにというものであった。
 あの屋敷に住みつきで働き、休暇があったとしても何をすれば良いか分からず、浮つい
た事をすると言う選択肢すら殆ど出てこなかったのだろう。
 で、俺と出会ってしまってからは……良く樹に「稟は罪作りな男だね、本当に」と言わ
れるが今始めて俺は樹の言葉を理解していた。
 そう言われれば俺が出来る事はそう多くない。
 とにかく彼女を楽しませてやるんだ。
 奪ってしまった時を取り返すほどに。
「じゃあ今日は年下の俺がリードさせてもらいますね」
「年下っていうのは余計ですけど……お任せしちゃいます」
 この笑顔は絶対年上じゃないよな……これは凶器だ。

 

 それからは極々普通のデートを満喫する事となった。
 ウィンドゥショッピングをして魔界には無いような物を見て目を輝かせたり、外国人観
光客のように100円ショップを楽しんだり、昼食にフローラに行ってデザートのパフェを
頬一杯にして喜んだりと、まぁまぁ普通の、悪く言えば王道パターンのデートだ。
 樹にこの事を話したら幾ら駄目だしを食らうか分かったもんではないがセージの笑顔が
無くなる事は無く、楽しんでるみたいなのでこれはこれでありなのだろう。
「人間界って面白いですねぇ〜」
「確かに魔力の代わりに科学が発達してる分楽しみ方も違うもんな」
「えぇ。初めての事ばっかりです! 何より稟さまと一緒に何か楽しむって初めてみたい
なもんですから」
 確かに屋敷の広大な敷地内か、せいぜい湖程度。
 これだけ色んな所に行くという以前に一緒に居るというのもそう多くなかった気がする。
「じゃあ二回目、三回目と回数を増やしていかないとな。飽きる位に」
 セージの手を握る手を少し強めに握りながらそう言う俺にセージは何かを気づいた表情
を見せてきた。
「そうですよね。これっきりじゃないですもん……ね」
「そういう事。ただここは中心街ですから誰かに見つかる事も……特に」
「あれぇ〜稟ちゃ〜ん?」
「……うるさい方々に」
 後ろから近づいてきながら聞こえてくる声はあまり見つかりたくない人の内の一人。
 とりあえず疑問系という事はまだ気づいていないはず。
 逃げるが勝ちと言う言葉を実行すべく俺はセージを引っ張りながらとりあえず亜沙先輩
の目から離れられるように走りに走った。


「はぁ……はぁ……はぁ……と、とりあえず亜沙先輩からは逃げられましたかね」
「大丈夫だと思いますけど……あそこまで逃げる必要あったんですか?」
 俺は体力は並以上にあると自負している。あれだけ命を張った鬼ごっこをやってるのだ。
体力は無いと生きていけない。
 しかし俺の隣に居る失礼ながら俺以上の年齢の彼女は息切れ一つしていない。
 魔界の人間は化け物か……。
 息を必死に整えながら周りを見渡す。あまり見覚えが無い限り中心街からは少し離れた
ところに来てしまったらしい。
「あっ。人間界にも立派なお屋敷ってあるんですね。魔王さまのお屋敷位かと思ってまし
た」
 俺と同様に周りを見回していたセージがある場所を指差してみていた。
 確かに魔王のおじさんの家ほどのクラスになるとヨーロッパ辺りにでも行かないと思う
がこんなところにそんなものがあるなんて聞いた事が……。
「あの、セージ? あれは、その……」
 その指差す先にあるものを見てここがどんな所だか思い出した。
 学生の俺じゃ来る機会など無いところ。
 昼間は閑散としているのに夜になると妙に活気付く場所。
「別に門とか無いんですね。好きに入れるんですか?」
 周りをきょろきょろと見回すセージはその場所の雰囲気に不釣合いで、何処からか出て
きたカップルに見られやしないかと俺は気が気でなくなっていた。
「いや、まぁ入る事は出来るけど……」
 ここは違う。
 セージの思っているお屋敷なんかじゃなくもっと俗物的なものなんだ。
「普通のお屋敷とは違うんですね。休憩とか書いてありますけど休息所なんですか?」
「ま、まぁそんなもんです……」
 確かに休憩する名目ではあるんだけど。
「じゃあ入りましょうか。稟さまも走って疲れましたよね」
「セ、セージ?」
 俺が止める前にセージは先に入って言ってしまった。


 彼女を追いかけて俺がくぐった自動ドアの横には
『HOTEL キャッスル』
 と随分と派手な色の文字で書かれている。

 


 

 

 


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