日曜の朝。
珊瑚ちゃんから家に来てくれという電話が入り、俺は眠い目を擦りながら出かけること
となった。
休みのこんな時間に珊瑚ちゃんがきちんと起きてることも驚いたが、電話がくること
自体に驚いてしまった。
なにかトラブルでもあったのかな?
いつもなら瑠璃ちゃんが電話してきたりするし……。
一抹の不安を覚えながら彼女の家のチャイムを鳴らすと、珊瑚ちゃんがいつもの笑顔を
見せてドアを開けてくれた。
「貴明〜、いらっしゃ〜い」
彼女なりの全速力からのタックルだが、その軽い体重から繰り出されるそれは、ぽふっ
と鳴るように可愛らしいものだ。
本当、小動物みたい。
「呼ばれて来たけど……瑠璃ちゃんやイルファさんは?」
見回してみると、家の中には珊瑚ちゃん以外の人の気配がさっぱりしない。
買い物でも行ってるのかな?
「瑠璃ちゃんもいっちゃんもおらへんよー」
「買い物?」
「ううん。瑠璃ちゃんは補修ー。いっちゃんはボディの メンテナンスや。そっちは
うちの管轄外やからなぁ」
あぁ、そういえば確かボディは来栖川製の既存品の流用だったっけ。
「だから、今日はうち一人やってん。一人やったらつま らんし、貴明呼ぼうかなって
思うて」
「そっか。瑠璃ちゃんも大変だね……」
「せやから、今日はうちと貴明の二人だけやー」
二人だけね……そういえば珊瑚ちゃんが居るときは瑠璃ちゃんも居るし、ちょっと珍し
いかも。
そう考えるとちょっと意識を……。
「なぁ、貴明ぃ」
「な、なにっ!?
」
「新しいゲーム買ったんやけど、一人でやってもつまら んねん。一緒にやろ?」
珊瑚ちゃんは楽しそうに俺へコントローラーを渡してくれた。
はは……そうだよな。変に構えても仕方ないさ。今までどおりに……な。
「何買ったの?」
「これやー!」
珊瑚ちゃんが俺に見せてくれたゲームのパッケージは相変わらずというか……ゾンビの
イラストが描かれている。どうやら洋ゲーらしい。
「ショッピングモールを走り回って、ゾンビを殺してい くゲームなんやけど、
瑠璃ちゃん怖がって仕方ないねん。おもろいのになぁ」
そりゃ瑠璃ちゃんは怖がるよなぁ。
それにしても……ショッピングモールですか。どこかで聞いたことがある設定だな。
「やりごたえあるみたいやから、今日一日がんばろなー」
「よしっ、目指せコンプリートだね!」
珊瑚ちゃんがやりごたえあると言うってことは、かなりボリュームあるんだろう。
こりゃ、今日は泊まりかな……。
それからは二人でひたすらにゾンビを積んだら山ができそうなほどに殺し続けた。
もう今までに食べたパンの枚数位は殺しただろうか。
気付くと、お日様は真上まで昇りきっていた。
我ながら昼間から実に不健康的な事をやってるもんだ。
「なー、貴明ー」
「んー? なぁにー」
「お腹空かへん?」
「……そういえばそうだね」
気付いたらこんな時間か。そういえば俺は朝飯も満足に食べてなかった。
それに気付くと、急にお腹が空いてきたな。
「お昼どうしよっか? もしかして瑠璃ちゃんがなにか用意してたりするのかな」
「ううん、瑠璃ちゃんも特になんも言うてへんかったからなにも無いんやないかなぁ」
それだと自分達で用意しないといけないか……。
「俺は料理できないし……珊瑚ちゃんも無理だもんね」
「材料ならいっぱいあるんやけどなー」
二人で料理に挑戦してもいいんだけど、何かあったらまず間違いなく俺が瑠璃ちゃんに
怒られる。
ここはやっぱり大人しく出来合いの物で済ませるか、外に食べに行くかしかないという
ことか。
「じゃあ、何か注文するか、買いに行こうか?」
「うーん、注文言うても店屋物の広告とか全部捨ててしもうてるからなぁ」
この家じゃ何か注文するなんて検討するに値しないということだろうな。
そりゃ料理がかなり上手い子が二人もいれば必要ないよな。むしろそんなことしたら
イルファさんが家出しかねない位だ。
「じゃあ、外に出て買ってくるか、外で食べちゃおうか」
「う〜ん……ということはぁ、貴明とお出かけー?」
「まぁ、自然とそうなるね。俺だけが買いに行っても良いけ……」
俺が別の提案をしようとしたところで、珊瑚ちゃんは飛び跳ねるようにして俺へと抱き
ついてきた。
「わ〜い! 貴明とお出かけや〜☆
」
まるで休日、お父さんにどこか遊びに連れて行ってもらえることになった子供みたいな
喜び方だ。
ここまで喜ばれるとは……そんなに珍しいことだっけ。
喜んでくれるならなによりだけど、ご飯を食べに行くのにここまで喜ばれるとちょっと
恥ずかしい。
「それじゃあ、お腹も空いたし早速行こうか」
「ならウチ着替えてくるー!」
「え、あっ、ちょっ……行っちゃった」
ちょっと出かけるだけだし、今の服装で問題ないと思うんだけど、女の子はやっぱり
気にするものなのかな。 ポーズをかけられたゲーム画面をぼんやりと眺めながら、
珊瑚ちゃんが戻ってくるのを待つ。
外は良い天気だし、少しくらいは出かけないとな。
「おまたせやー☆
」
「おかえり……あれ、珊瑚ちゃんそれ、どうしたの?」
いつもと少し違う、お洒落な服装に着替えた珊瑚ちゃんが俺の前へとやってきた。
服は確かに違うけど、それ以上に驚かされたのが、彼女の髪型だった。
お団子を解き、サイドを後ろへと回して結っているその姿は、パっと見た感じでは
珊瑚ちゃんには見えない。
恐らく、彼女を軽く知る程度の人だったら分からないんじゃないかとすら思う。
……似合ってるな。
「これ〜? 貴明と二人だけでのデートやもん。ちょっとお洒落してみたんよ」
デ、デート……俺は大分軽く思ってたんだけど、珊瑚ちゃんの中では大分進展していた
らしい。
こりゃ、ゲーム再開は後になるかな……?
「うん、よく似合ってて可愛いよ」
「ほんま〜? なら良かった〜」
素直に珊瑚ちゃんの姿を褒めてあげると、いつも以上にほにゃんと緩んだ笑顔で喜んで
くれた。
本当、突発的過ぎるけど、デートって事になりそうだ。
「それで、どこ行くん?」
ひとまず外に出て、歩きながら目的地を考える。
周りを見ると、休日だからか親子連れの姿もみかけ、時間ものんびりとしたものを感じる。
でも、腹はのんびりするなと警告を発してる……。
「駅前なら遠くもないし、そこで何か食べようか」
「ならウチ、ヤック食べたい〜!」
「ヤック? そんなんで良いの?」
思わぬリクエストだった。
珊瑚ちゃんなら、もっと違う物を食べたがると思ったけど……。
いや、あんバタが好きなことを考えると、そういう味付けも好きなのかな。
「貴明とやないと、滅多に食べられへんねんもん」
確かに瑠璃ちゃん辺りに言ったとしても、体に悪いって言われて却下されそうだ。
そういう意味では、珊瑚ちゃんにとってのごちそうなのかもしれないな。
「じゃあヤックに行こうか」
「わーい☆ 」
「どれがえぇかなぁ……」
レジに行き、メニューに目を輝かせて何を注文しようかと珊瑚ちゃんは悩んでいる。
お昼から少し時間を外してるから混んでるわけでもないのだけれど、ちょっと後ろが
怖いかも。
「さ、珊瑚ちゃん決まった?」
「じゃあ、ウチ、メガヤックのセットー」
えっ!?
メガヤック!?
女性で食べるのはちょっとキツいと思うんだけど……。
余ったら俺が食べれば良いか。
「じゃあ俺はてりやきヤックのセットで」
席を見つけ、注文した物が載ったトレイを置く。
俺のてりやきに比べて……こりゃでかいな。
「うちな、これ一回食べてみたかったんよー」
なるほど、珊瑚ちゃん的に夢の料理だったのか。
「無理して全部食べなくていいからね」
「せやなぁ……こんなに大きいの食べるの初めてや」
久しぶりのヤック、そして初めてのメガヤックがよほど嬉しいのか、珊瑚ちゃんは
いつも以上にニコニコしている。
それにしても、ハンバーガーの大きさが珊瑚ちゃんの顔の半分くらいの大きさなんだ
けど、物理的に食べれるのかな……?
「あむっ……ん〜!」
妙に気になった俺は、珊瑚ちゃんの食べる様子を注視し続ける。
頬をリスみたいに広げながら、彼女は満足そうにハンバーガーを頬張る。
「ん? んぐ……貴明もこっち食べたいん?」
俺が気になって見ていたのに珊瑚ちゃんも気付いたらしく、首を傾げて見当違いの
答えをくれた。
「あ、いや……」
「しゃあないなぁ。はい、あーん」
俺が違うと答える間もなく、彼女は嬉しそうに俺の前にハンバーガーを差し出してくる。
こんな風に食べさせあうなんて銅像もしてなかったな。
しかし、そこらのカップルでもやってないぞ……。
「はい、貴明。あーん」
「あ、あーん……」
小さく齧られたハンバーガーの痕が実に可愛らしい。
そこに合わせるように俺は口をつける。
「わー。貴明の口、おっきいなー」
珊瑚ちゃんは感心しながら、またハンバーガーを頬張る。
そこに他意はなく、俺が思うようなことは考えてもいないみたいだ。
……俺って、思った以上に不純なんだな。
「貴明、食べへんの……?」
「……一口食べる?」
「うん!」
結局、その後も妙な意識を保ったまま、ヤックの味が分からぬままの昼食となって
しまった。
その後もゲーセンに寄って遊んだり、本屋に行って珊瑚ちゃんが欲しいという分厚くて
高そうな本を買ったり、まぁ……デートを楽み、結局帰宅するのが夕方になってしまった。
「うーん! 今日は楽しかったなぁ〜!」
「そ、そうだね……それなら良かった」
両手にずっしりと重い紙の塊を持ち、歩き回ったおかげで体力を殆ど消費していた
俺は、珊瑚ちゃんの家に着くと倒れこむようにソファーへと腰掛ける。
こりゃ、夕飯が今すぐにでも欲しいくらいだ……。
あれ? そういえば……
「わ〜い☆
」
「ぐふっ!」
違和感に気付いた瞬間、部屋着へと着替えてきた珊瑚ちゃんが俺へ向かってダイブを
してきた。
いくら珊瑚ちゃんが軽いとは言え、内臓を直接圧迫するボディスラムは……
キ、キツイ……。
「なぁ、貴明。今日はうちが貴明を独り占めやなぁ」
「ん……そ、そうだね……」
独り占めね、確かにそういうことになるのかな。
俺自身は考えたこともなかったけれど、珊瑚ちゃんにとっては特別なことなんだろうか。
「ねぇ、珊瑚ちゃん。瑠璃ちゃん逹遅いね」
「うーん……そうやなぁ……どうしたんやろう……なぁ」
俺に抱きつきながら、珊瑚ちゃんの声が段々と弱弱しいものへと変わっていく。
「珊瑚ちゃん……ベッド行く?」
俺よりも体力の少ない珊瑚ちゃんなら、あれだけ歩けば疲れるよな。俺はベッドで寝る
ように促すも、珊瑚ちゃんは俺の胸の中で首を横に振ってくる。
「もうちょっとぉ……貴明うちのやもん……」
はは……夢心地の発言なんだろうけど、所有物扱いですか。
嬉しいけどさ。
ポーズがかかったままのゲーム画面を眺めながら、俺は暫くの間彼女のベッドの役目を
することとなった。
まぁ起きるまで……いいかぁ……。
「あらあら、お二人とも仲が良いですね」
「ムムム……貴明ぃ……」
「瑠璃さま、お二人の邪魔しちゃダメですよ?」
「わかってるけどぉ……」
ソファーで二人仲良く眠る姿を、イルファと瑠璃は少し羨ましそうに眺めていた。