夏も終わりに近づいてきた8月30日。
煩わしいセミはまだ鳴いているが、ツクツクボウシの声も聞こえ、少し寂しくもある。
はぁ……学校行くの面倒だよなぁ。
でも、長い間クラスの友達にもあってないし、少し待ち遠しくもある。
ただし、一部の人は少しでも夏休みが伸びて欲しいとか思っているみたいで……
「あーん! 終わらないよぉ〜!」
そう、夏休み終了直前に終わらない宿題で悲鳴を上げる学生というのも季語に入れて
良いのではないかと思えるくらいに良く見る光景だ。
俺の予想では雄二も悲鳴を……いや、確かタマ姉の指導という名のしごきで早々に
終わってたっけ。俺はそれを避けるように自力でがんばったんだし。
「自業自得」
「そんな……ダーリン酷いんだぁ! 夏休み中、一緒にあんなに遊んだのに一人だけ抜け
駆けしてぇ!」
「一緒に夏休みの宿題片付けようって言って、実際にやってたじゃないか」
「そ、それはぁ……」
気づいたら寝てるんだよな。メイドロボなのに。
自動スリープ機能が……とか言い訳をしていたけれど、あれは確実に現実逃避だった。
俺はそう確信している。
「ほら、手伝うから頑張って」
「ダーリン……ありがと〜!」
「おっ! ちょっ! い、今は駄目だって! そんな暇無いだろ!?」
「ちぇーっ。ダーリンのいけずぅ〜」
なんとも古い表現方法を……。
それにしても、目の前に積み上げられた宿題は並みの量じゃない。
コツコツやれば一週間程度で出来るとはいえ、残り二日を切った状態でこれは厳しい。
「こ、ここはやっぱり宿題を写させて貰って……」
「それで成績悪かったらイルファさんにまたお叱りもらうよ?」
「う……そ、それは困るぅ〜。ダーリンと離れたくないもん」
「だったら頑張る。これが自力で出来ればテストくらい問題ないって」
「そう……かなぁ」
多分ね。と心の中で付け加えながら、俺は彼女の疑問に頷いてみせた。
やはり少し位はやる気を与えてあげないとな。
尤も、彼女に対しての場合は俺が最大の餌になるんだろうけど。
ミルファは俺の言葉で何とかやる気を見せたのか、宿題の山の一番上に手をかけた。
中を開き、黙読して一言。
「無理。頭がショートしそう」
人間で言うと顔面蒼白、といったような表情を見せながら彼女は手元に開いた宿題を
また閉じてしまった。
……本当、どこをどうやってこんなに勉強嫌いになったんだろう。今度珊瑚ちゃんに
詳しく聞いてみたいところだ。
室内で回る扇風機の風に揺られ、風鈴が涼しい音を響かせる中、ミルファは一人暑く
なっている。
こりゃあ、二人きりでやるよりもみんなでやるべきかなぁ。
「なるほど、そうでしたか……。貴明さんの刺激で少しはやる気を見せるかと思ったん
ですが……案の定でしたね」
二人で実際の重量よりも重く感じるであろう宿題を抱え、珊瑚ちゃんの家へ行き、
イルファさんへ事情を話すと、溜め息混じりにイルファさんは俺の前へ冷たい麦茶を
置いてくれた。
「まったく、ミルファちゃんは長瀬主任に提出するべき報告書も滅多に出さないし、
宿題のことでも貴明さんにご迷惑をかけて……メイドロボ失格ですね」
「そ、そんなことないもん! 貴明の身の回りのお世話はきちんとしてるし、掃除だって
隅までキチンとやってるよ!」
「そうですよ。ミルファが居てくれて、大分助かってますし……」
確かに夏休みの暑い中でも、ミルファは献身的に俺の身の回りの世話はしてくれた。
唯一の問題点がこの宿題と言っても俺は間違ってないと思う。
でも、そうだから許されるってわけでもないんだけどね。
「貴明さんが満足されてるのはメイドロボ当然のことです。最低限のことです。
基本です。それさえ出来てなかったら研究所に送り返してるところです」
「お、お姉ちゃん酷い……」
あぁ……イルファさんの冷徹な言葉にミルファが泣きそうになってるし。
「ほらイルファさん。とりあえず怒るのは一先ず置いておいてさ。一刻も早く宿題を
片付けないといけないわけだし」
「……それもそうですね。宿題を忘れたとあっては貴明さんの顔に泥を塗ることになり
ますし」
イルファさんは一息呼吸を置き、改めてどこからか取り出した伊達眼鏡を着けだした。
「それでは、ミルファちゃんもしっかり指導させていただきますね」
「……も?」
「なるほど……」
「貴明……なにがなるほどなんや」
「いや、なんでもないよ」
リビングへ足を運ぶと、そこには夏の風物詩が。さっき見てたのとどこか似てるな。
「貴明いらっしゃ〜い! 貴明も宿題終わってないん?」
「いいや、俺は終わってるんだけど……ミルファがね」
「あー、やっぱりみっちゃんかー。みっちゃん勉強嫌いやもんなー」
「き、嫌いなんじゃなくて苦手なだけー!」
「凄い言い訳の仕方れすね」
「さて、みなさん集まったところで……って本当は珊瑚様と貴明さん、シルファちゃんは
いなくてもいいんですが……」
「だって面白そうなんやもん。みんなで宿題するなんてあらへんもんなー」
「終わってちゃ意味無いんだけどね」
確かに今までの珊瑚ちゃんからすれば、これだけ人が集まって宿題をするなんて考えも
してなかったんだろう。
それにしても、のほほんとしてる割にはさっさと宿題を終わらせてる辺りはやはり
飛びぬけてると言うべきなんだろうか。
「れも……ママが家れ宿題してるの見た記憶が無いんれすけろ」
「えっ、そうなの?」
「そうですね……部屋に居るときもご自身の分野の勉強ばかりのようでしたし……」
家でも勉強してるのか……そうでもないとこれだけのものは作れないというのか。
やっぱり天才って違うのかな。
「あれは勉強ちゃうよ。楽しいから本読んでるだけやもん。宿題なんて面倒やから
学校で終わらせてまうよ」
「学校でって……まさか夏休みの宿題も?」
「うん。そんな対した量でもなかったからな。暇な時間に終わらせてもうたー」
いや、そんなにぱーっとした笑顔で言われても困るんですけど。
瑠璃ちゃんなんか呆けるほどに驚いてるし。
「やっぱりさんちゃんはウサギやねん……カメは勝てへんねん……」
「る、瑠璃様!? お気を確かにしてください!」
「瑠璃ちゃん。珊瑚ちゃんを基準にしたら駄目だよ。俺がいるじゃないか」
瑠璃ちゃんを励ますべく、俺はフォローを入れてあげる。
そうさ、平々凡々な俺がすべての基準みたいなもんさ。成績も並で、成績表も3の
オンパレードだったし。
そんな俺のフォローに、瑠璃ちゃんは項垂れていた顔を上げてくれた。
「貴明……貴明は宿題終わらせてるんやろ?」
「う、うん」
「ならお前も敵やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
「る、瑠璃ちゃん! チキンウィングフェースロックは痛い!」
「瑠璃ちゃんプロレス技はどんどん覚えていってるなぁ」
「ファイヤープロレスリングは大好きれすからね」
「あのー……話が進まないんですけど……」
5人集まると、大抵は話が脱線して本題に進むのに時間がかかってしまう。
今日も例外ではなく、宿題を始めるのが遅くなってしまった。
「よぉし、ここからは一気にいくしかないな。ミルファも分からないところがあれば遠慮
しないでどんどん聞いてくれよ」
「ぜ、全部……」
……なんて絶望的な答えだろう。
「みっちゃんはやっぱり数学が苦手なんかー」
「単純な計算式とかグラフはできるけど、応用問題は……」
「因数分解は?」
「あたしの頭が分解しそうです」
「ウ、ウチも……」
ミルファの言葉に、瑠璃ちゃんも賛同をしてきた。
なるほど……二人とも文系頭ってことなのね。
「そんな難しいもんでもあらへんよ。学校の数学なんて暗記と同じやからな。ちょっと
コツを掴めば瑠璃ちゃんもみっちゃんも楽勝やー」
多分、そのコツを掴めるか掴めないかが出来る出来ないかの差なんだと思うよ……。
ここから、イルファさんとシルファが途中で夕飯の支度で抜けたりしながらも、順調に
宿題の消化は進んでいった。
宿題の量は多いとはいえ、面倒なのは数学くらいのもので、後は特に怖がることもない
程度だったりする。最難関をクリアしてしまえばこっちのものだ。
途中で
「あかん……もう脳が数字を拒否しとる……θってなんやねん……飛行石でも持っとんの
かい……」
「瑠璃ちゃん、θはギリシャ文字やで」
とか、
「ダーリン……もう、ゴールしてもいいかな……」
「だ、駄目に決まってるだろ!? 俺カラスとかになれないぞ!?」
とか、リタイア寸前になりながらも、何とか半分は終わらすことが出来た。
後は明日かぁ……。
貴明用や、といってこの家に用意されている俺専用の寝室のベッドに寝転んで眠りに
つこうかとも考えているところで、ノックもなく、ゆっくりとドアが開いてきた。
明かりも消してる部屋では廊下の明かりが逆行になって入ってきたのが誰かは分から
ない。大方予想はつくけど。
その人影はゆっくりとドアを閉めると、ベッドへと体を乗せてきた。
静かにきしむベッドと、歪むマット。
なんとなく閉じた目も、ここまでくると開くタイミングも逃してしまい、半ば無理やり
に閉じている状態になってしまった。
そんな暗闇の中、人が近づいてくるのを肌で感じる。
耳元までその人が近づいてきて、唇が耳に当たってきたのに、俺は思わず反応をして
しまった。
「ひぅっ!?」
「んふふっ。やっぱり起きてたんだぁ」
「ミルファ……今日はしない約束だろ?」
目を開けても暗闇が視界に纏わりついてきていて、誰がどこにいるかは目では確認する
ことが出来ない。しかし、耳に入ってきた彼女の声と、鼻腔を刺激してくる独特の匂いが
ミルファの存在を認識させていた。
「もちろん、しないよ。でも、疲れたから栄養補給するのー」
「俺は栄養なの?」
「うん。あたしは貴明から愛情を補給しないと生きていけないのだー」
そう言いながら擦り寄ってくる姿は、本当に機嫌がいい猫みたいで、何とも言えない
心地よさと、こそばゆさが同居してくる。
頭をゆっくり撫でてやると、彼女はゴロゴロと喉を鳴らしそうな仕草を見せながら顔を
こすり付けてくる。確かに、これは栄養補給って感じだ。
「そうかそうか。俺と同じだね」
「……貴明もそうなの?」
「そうだよ。ミルファがいてもらわないと困る」
「そっかぁ……そっかぁ〜えへへ〜」
「……だからしっかり宿題終わらせないとな」
「うぅ……ぜ、善処します……」
夏休みもあと1日。寂しさを心に抱えたまま、胸の中には我侭な猫を抱え、俺は眠りへ
とついた。
「さぁて、後少しやし、ちゃちゃっと終わらせよかー。そしたら貴明とゲーム出来る
もんなー」
「……まだクリアしてないゲームあったっけ?」
「クリアは終わってるけど、アイテムコンプリートしてへんもん」
「そうですか……」
俺としてはこっちのほうが宿題よりも大変そうだわ。
「ねぇ、ダーリン休憩欲しいー」
「そのページ終わったらね」
まだ始まって1時間も経ってないというのに、早くも燃料切れですか。
昨日燃料補給したんじゃなかったのかい。
「ぶー。けちー。昨日だって我慢したのにー」
「ならこれも我慢できるよね。はい、頑張る頑張る」
「うぅ……鬼畜だ。あたしのご主人様は鬼畜だよー、お姉ちゃんー」
「だらだらくっちゃべってないで手を動かす!」
「こっちの方が鬼畜だったよ……ダーリン」
「だな」
瑠璃ちゃんにも厳しいし、イルファさんってスパルタだったのね。
そんな厳しい中でも、二人は必死になって頑張った。
一番苦手な数学を終わらせたせいか、昨日よりも順調に宿題の消化は進んでいった。
「お、終わった……」
夕方前、日が傾いてきたところで二人は最後の宿題を閉じることが出来た。
酷使されたシャーペンを手から落とすように離すと、二人とも疲れ果てたのか、机へ
突っ伏してしまった。
「もうヘトヘトやぁ……イルファ、夕飯は頼んだで……」
「はい。お疲れ様でした。お夕飯はお任せください」
宿題を片付けながら、イルファさんは久しぶりにいつもの笑みを二人へと見せる。
本当、こっちもほっとしたというか、一安心というか……。
なんかどっと疲れたな。
「貴明さん、今日は夕飯食べていかれますか? ミルファちゃんもヘトヘトみたいですし」
「うーん……そうだね。帰らなきゃいけないけど、夕飯だけは食べて行こうかな」
「えー、一緒に二学期初登校できへんのー?」
「制服無いしね。一緒に登校はまた今度ね」
夕飯も一緒に食べ、それから家へと帰る道すがら、ミルファは行きの時に比べて随分と
軽快な足つきで歩きながら俺の腕へ自分の腕を絡めてきた。
「貴明、ありがとね」
「本当、予定ではのんびりと夏休みの最後を過ごせるはずだったんだけどな」
「うぅ……だから反省してるよぉ」
「反省してるなら、これからはきちんと宿題するようにね」
「はぁ〜い……で、でもね、大変だったけど楽しかった!」
「昔は雄二とかと一緒に夏休みの宿題をやったりしてたなぁ。今回のも何年ぶりだろう。
ずいぶんと久しぶりだったな」
「そうなんだ。今は雄二くんもちゃんとやってるの?」
「……明日会うんだ。聞いてやりな」
多分、地獄のような日々を教えてもらえるはずだ……明日は遊ぶのに付き合ってやらな
いといけないだろうな。
「明日から学校かー。楽しみだね!」
「うーん……そうだね」
特別な日常から、いつも通りの日常へ。
二学期は行事尽くめで忙しいだろうし、色々と楽しいことになりそうだ。
それを考えれば、夏休みが終わるのも悪くないのかもしれないな。
「でも、やっぱりちょっと嫌かも」
「え?」
いきなり前言撤回するミルファに、少し驚く。
結構気分屋とはいえ、ここまでコロリと変わるのも珍しい。
「またなんで?」
「だって……貴明独占できないんだもん」
ちょっといたずらっぽい笑顔に、俺は苦笑しながら、彼女の手を少しだけ強く握る。
独占できないって、いつもすぐ隣に居て、独占してるようなもんのくせに。
その可愛い我侭に心の中で笑いながら、少し涼しい夜風を浴びながら、二人でゆっくりと
夏休み最後の夜を感じていた。